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天声JINGO アーカイブ

2015年度10月〜

2015.10.4 「私達は何ものなのか(5)」

 

 4回にわたって「会衆主義教会」を概観し、軽井沢追分教会のルーツとして探ってきました。この「会衆主義教会」が日本で教派教会の形をとったのは、日本組合基督教会が存在した1886年〜1941年の約55年間のみ。米国でも会衆主義教会は合同をなし米国合同キリスト教会(UCC)となっています。わたしが言いたいのは、私たちの教会の会派性ではなくて、より普遍的な教会として成っていくことを目指している教会であり、それはどの教派に属する教派であっても同じように目指しているところではないかと思います。

 「会衆」を意味する英語 “コングリゲーション”はもともとラテン語で「共に集められる群れ」という意味だそうです。聖書の原典のひとつ古いギリシャ語で教会は “エクレシア” ですが、原義はやはり「呼び出された者たちの集会」です。ですから「会衆主義」は主イエス・キリストによって呼び集められた者たちの群れにおのずと顕われものであると言えます。 現在の日本基督教団は、�で言及したように、1941年6月にそれぞれ違う教会形成をしてきた35教派が、一つ組織に集められて形成された合同教会であります。敗戦後もそのまま継続してきましたが、どこで一致してきたのかというと、皆が信じまつる同じ主イエス・キリストによって呼び集められた者同士という一点であったと思います。会衆主義はピューリタン運動から生まれたので、長老派、バプテスト派などと聖書主義、万人祭司制などは分かち合っていますが、その中でも会衆主義に立つ教会は、国家の強制からの自由を求め、神の前での平等をより徹底したかたちで求めてきたといえます。「わたしたちは何ものか」シリーズを「会衆主義教会」という視点から概観してきましたが、そろそろ、以下の点にまとめて締くくりましょう。

 会衆主義の信仰は、第一に神と各個人との契約関係におくことでした。それは信徒一人一人が自覚的に(主体的)に聖書の神に向かうことですので、教会のもっている「信仰告白」は各自が自発的に告白すべきものであります。「教会規則」は一応の枠であって、各自が自発的に奉仕することが肝要なことであり、そこに強制が入ってしまってはなんにもならないのではないでしょうか。会衆主義のモットーである「自由・自治・独立」の精神は、信徒一人一人の主体性を最大限に尊重するものであると同時に、そのように召された者たちの集まりである各個教会においても、妥当する精神であると思います。(完)

 

2015.10.11 「良き友ここにあり」

 

 政権のあからさまな沖縄差別、歯科医師会汚職事件のような政治家と利権、権力と数の論理で何でも許されると思い上がっている国の指導者たちの人間性に疑問をもつ。自民党で個性豊かな発言力をもって「脱原発」を叫んできた河野太郎衆議院議員は、今回の内閣改造で初入閣を果たすや否や「脱原発」に封印をしたそうな。「節操」「恥」という本来日本の伝統的美文化を少しはたしなんでもらいたいものである。

 —「妻と兄 相次ぐ帰天 秋の雨」—

これは先週私に成り変わって、先輩牧師が詠んでくれた俳句である。彼は私の駆け出しの東中国教区時代からの付き合いで、ポナペ支援会なども今日に至るまで担い続けてきた仲である。実に人情に厚い人であり感謝。また「宗教改革者の足跡を辿る旅」も主催してくれ、今回皆さんにも呼びかけている「ポーランド・チェコの旅」も主催している。私も是非参加したい旅である。アウシュビッツの収容所跡は、日本の侵略戦争と共に、世界が決して忘れてはならない人類の罪責の現場であり、真の平和への起点でもあるからだ。彼の連れ合いの和子さんは体調をこわして入院や病院通いの日々だそうだ。彼も心身を休める余裕のない中、いやそうだからこそ彼は今見据えるべきポイントをしっかりと見つめていこうではないかと、自分自身を鼓舞しているようにも思える。

 神学生時代寮生活を共にしたある沖縄在住の後輩から手紙が届いた。彼は学生時代倉敷教会に夏期伝道に行ったことがあり、彩子とも面識があった。彼自身が尿道結石で手術を受けている最中に、ご霊前にとパインを送ってくれた。それと「沖縄新報」への彼の投書「NHKテロップに疑問」という文章のコピーを送ってくれた。それは「参議院平和安全法制特別委員会」での最後の場面、混乱、怒号と乱闘の最中に、即座にNHKがテロップで「賛成多数で可決」と流したことへの疑問を記したものであった。数年前に私が辺野古を訪問した時に、辺野古のある宜野湾市へ「ふるさと納税の寄付」をしたのだが、彼はそこに私の名前を見つけて即、感謝の電話を入れてくれた。彼は牧師ではなく福祉関係で働いている。

 主イエスが「私の隣人」となって下さっていることを知る者同士の、心通ずる幸せを痛感した先週であった。

 

2015.10.18 「ひとをつくる教育」

 

 「長野県教育委員会が、各市町村が力を入れている小中の教育分野に教員配置等の支援策を打ち出した」と16日の信毎トップで報道されていた。教育に力を入れるのは良いのだが、過疎化対策、地域新興、愛国教育等々が動機となっての振興策はいただけない。「教育」の本義を外れてしまっているからだ。「教育」の本義とは「人間の育成」であるからである。

 私は追分に来る前、30年間幼稚園や保育園の園長を兼任して幼児教育に携わってきた。キリスト教幼児教育は「人間をつくる」というひと言に尽きる。人が人となるということは、神に愛されている自分を知り、人に愛されている自分を知り、神を愛し、人を愛することの出来る人となることにほかならない。幼児教育において教育者・保育者が、自己実現を求めて四六時中活動しているこどもらを受け入れ、見つめ、支えることによって、彼らは自分が愛されていることを感じ知るようになるのだ。そしてその愛を次第に他者へ向けることができるようになっていくのだ。キリスト教以外の幼児施設でも、これは変わらない幼児教育の基礎であろう。滋賀県私立幼稚園教会にある新人の女性園長が就任した。その方は公立小学校の校長を退職後に就任したのだったが、彼女曰く、幼稚園に接してみて始めて幼児教育がどのようなものであるかを知ったというのであった。小学校は幼稚園や保育園からの幼児を受入れているのに、幼児教育の内容を全然知らなかったというのだ。幼児教育と初等教育がいかにずれているかがわかったような気がした。せめて小3までは幼児教育の延長線上に、その教育の理念をおいてほしいものだと思ったものだ。

 こどもは親の背中を見て育つとよく言われるが、社会の姿を見ても育っていることを忘れてはならない。最近あきれるほどの大悪徳が世の中に横行している。海外ではドイツの自動車会社の不正事件、国内でも防振ゴムの性能改ざん事件、大型マンションの基礎の杭をしっかり打っていなかった手抜き工事事件、オレオレ詐欺や汚職事件、権力者の嘘やひどい方便、数によるごり押し等々の社会の姿をみて、こどもたちはしらけきってしまっているのではないか。どんなに立派な民主主義の仕組み、愛国心や郷土愛を教えても、大人の世界がそれらを踏みにじっているのでは説得力に欠ける。世の指導者はその事を良く考えてほしい。 経済最優先という信仰のもと、「人を育てる」という教育の大前提をぼやかすようなことであってはならないと思う。聖書の天地創造における人間創造物語の人間観は、「人を育てる教育」にとってなくてはならないメッセージを持っていると確信するものである。

 

2015.11.8 「落ち葉掃きで思うこと」

 

 エデンの園(教会庭園のこと)の黄葉・紅葉の季節は毎年のことながら美しい。今までは気にもしていなかったが、今秋は心なしか哀愁が胸の内に漂っているような気がする。しかし9月末から落葉が始まると静かに感傷に浸っている間はない。落ち葉掃きに拍車がかかってくる。10月に入ってからは聖日前の毎週土曜の午前中は落ち葉掃きの招集がかかる。結婚式やその他の行事が週間に入っているとその前にも。2〜3名で一通り掃くだけでも2時間はかかる。昨日は風があり、掃いても掃いた後からはらはらと落ちてきた。それでも掃かないと次の日が辛い。掃いた落ち葉は駐車場の奥で火をつけて燃やす。人の胸の高さくらいまで積み上げた落ち葉は、燃やしても一気には燃え尽きない。一晩中でも燃え続けている。燃え尽きたようでも、また水をかけても、灰の中では高温でくすぶり続けている。消えたようでも翌朝には煙ぶっている、またその上から枯れ葉をかぶせる。もちろん駐車場として車が入る前の日には完全に消すが、そうでない時は放っておくと何日でも燃え続ける。燃やす落ち葉にはことかかない。しかしそれももうあと少しで終わりとなる。やれやれである。 止めどなく落ちる落ち葉を掃いている時にふと思う。「罪滅ぼし」と言う言葉があるが、人間の罪もいくら拭っても拭いきれないのではないだろうか。終わりはあるのだろうかと。多分終わりはないのだと、古代の人間はそう悟ったのだろう。だから、人間のはてしない「罪滅ぼし」という、落ち葉掃きの果てしなさに、決着を付けてくれるため「救い主」を祈り求めたのだろう。それが2000年前にクリスマスとして成就したのだ。

 クリスマスを何のために待ち望み、祝うのか。せっかく「罪滅ぼし」の目処をつけてもらったのに、己の罪の上塗りばかりしている人間の姿が、いろいろなところで目立ってしかたがない。クリスマスの時代は何時まで続くのだろうか。神はどこまで人間をかばっていてくださるだろうか。今から70年前に全世界は、二度と戦争はしたくない、戦争しないことを決意したのではなかったのだろうか。少なくとも日本はそのことを憲法に明記し、曲がりなりにも今日に至ったことを今再自覚したい。

 

2015.11.15 「沖縄との和解への道」

 

 沖縄普天間基地の辺野古への米軍基地移設問題に対する政府のやり方はひどいものである。地方自治を否定し圧殺するものだからだ。権力の暴走をゆるさないための憲法(立憲主義)を無視し、圧倒的な民意(民主主義)を無視し、なりふりかまわず不法な詭弁をもちいて、ごり押しをする姿は、なんと表現したらよいのだろうか。これがもし沖縄県でなく東京都や他の府県であったらどうだろうか。自分自身のこととして、他の自治体からもっともっと抗議の声が挙ってもおかしくないのだが?もしかしたら、本土で眠っていた「沖縄差別」が頭をもたげ始めたのではないかと懸念する。

 私が「沖縄差別」に出会ったのは、1980年代群馬県藤岡市にある緑野教会時代である。群馬地区牧師会の沖縄キリスト教団との合同のとらえ直し問題の勉強会でのことであった。集会後の自由な懇談の場で、沖縄教区から派遣された山里勝一牧師の述懐を伺った時の事である。彼はかつてボリビアの移民コロニーへ宣教師として派遣されたのだが、最初は大歓迎を受けたのだが、やがて沖縄出身であることから、現地日本人社会になかなか受け入れられなくなったそうである。また、敗戦により切り離され放置されていた沖縄の教会は、沖縄キリスト教団として存続し、1969年2月25日に日本基督教団沖縄教区として復帰したのだが、そのための協議に際しても、沖縄は一方的に東京に呼び出され、常に見下げられたような扱いを受けたというのである。併せて琉球時代からの、日本(薩摩)による差別の歴史も教わり、衝撃を受けたことを思い出す。

 戦後、米国との「安全保障条約」を具体的に一身に負わされてきたのが沖縄であることを見ても、沖縄が日本本土の都合により、とかげの尻尾よろしく切り捨てられたり、利用され続けていることは誰の目から見ても明らかだ。今の翁長知事に代表される沖縄県民の意志は、もはや党利党略や金権では動かし難いものにまで止揚されてきたのだと思う。

 言い換えれば、この世のいかなる知恵や方策、妥協策も許されない、神の審判の前に引きずり出された信仰者のような生き様を与えられているようにも思える。 わが日本基督教団も、沖縄教区と和解できる接点がここに与えられているのではないかと思うのは、楽観的過ぎるであろうか。

 

2015.11.29 「礼拝と賛美と平和」

 

 先週23日(月)に、北信分区の「教会音楽の集い」が須坂教会で開催された。講師は去年と同じく竹佐古真希先生。敗戦後70年目、今回のテーマは、「平和と賛美 —いま平和を祈り、平和をうたう—」であった。よく考えてみると、「礼拝」と「賛美」と「平和」はそれぞれ切り離したり、くっつけたりすることは出来るのだろうかと思うのである。主の「教会」(エクレシア)は、神を「礼拝」する共同体であり、「礼拝」は神を「賛美」する以外のなにものでもなく、神を「賛美」するところには「平和」が実現しているはずだからだ。先週の宣教でも一部引用させてもらったが、『礼拝と音楽』No.166号の特集「今、平和をうたう」に、カンバーランド長老キリスト教会めぐみ教会荒瀬牧彦牧師が「礼拝と平和がつながれますように」と題して書かれている。その冒頭では“わたしたちが毎週ささげる礼拝や、そこで歌う賛美歌と、平和というテーマはつながっているでしょうか。まったく別次元の営みになっていないでしょうか。”と問題提起がされ、そして“神を讃えることと平和を造り出すことは分離されるべきものではありません。”と断言されています。その通りです。その通りとだれしもが同意するでしょう。しかし、実際には分離しているということがないだろうか。荒瀬牧師は続いて、戦時下に刊行された賛美歌を紹介しています。一曲だけあげると“八紘為字の 大使命 達成するは この時ぞ いざ同胞よ 福音の御旗かざして 進みゆかん”。これには戦時下で愛国精神を鼓舞することとキリスト教信仰用語が結合され、アジア侵略の先頭に立とうとしたものです。みごとに天皇への忠誠が、キリストへの忠誠と入れ替えられているのです。神賛美が天皇賛美におきかえられ、平和が侵略戦争に置換えられてしまったのです。聖書の神を天皇に置換えた賛美を教会はしていたのです。そこには決して「平和」はなかったのです。真の礼拝には、礼拝者の苦悩が伴うのではないでしょうか。

 今回の講習会では、世界の新しい讃美歌を講師の軽妙な解説と伴奏で沢山歌いました。楽しくても、涙の出てくるような讃美歌も沢山ありました。世界中の弱い立場にある人々に寄り添うが故の苦悩がしみ出ているからだと思いました。

 いずれにしても、「礼拝と賛美と平和」が繋がっているかどうかとの問いは、私たち一人一人の信仰が問われていることでもーあります。それは私たちの教会が、過去において戦争協力という過ちを犯したことを、きちんと清算せねばならないことでもあると思う。

 

2015.12.13「沖縄の呻きを聞く」

 

 私の妹伊東永子(翠ケ丘教会員)は現在神奈川教区の基地問題小委員会を担当している。彼女は私が同教会牧師赴任以前から、野宿者支援や座間の米軍基地前での座り込みなどをしていた。神奈川県は横須賀に米軍空母が入港する度に、教会からまっすぐ南に約6�の厚木飛行場(米軍/海上自衛隊航空基地、大和市/綾瀬市)で毎日朝から夜間まで間断なく搭載機の離発着訓練を実施する。飛行場から低空飛行でまっすぐに北上し町田駅周辺で旋回して戻っていく、その飛行ルートにある住民はたまったものではない。かつて町田市や横浜市青葉区の住宅で悲惨な墜落事故を起こしたこともある。教会もルートの真下に位置するために、毎日のように今も騒音被害にあっている。日曜の礼拝中に来ると、通過し戻っていくまで中断せざるを得ない。幼稚園の運動会でも彼らが来ると去るまで待っていた。私は毎日のように市役所の担当部署に抗議の電話をかけまくった。多分妹もそんな経験から反戦的になったのだろう。

 その彼女から頻繁にE—mailで“キリスト者平和ネット”関連からの情報が入ってくる。11/5は辺野古の生々しい状況だった。オスプレイの不気味な音の下、警視庁機動隊がキャンプ・シュワブの警備のために出動。取材制限を強要し、座り込みの人々の中に飛び込む(殴り込み)という暴挙の限りを尽くしていた。これはテレビ朝日報道ステーションでも放映されたそうだ。11/19日には、10/11のこの欄で紹介した友寄君が、11/18付けの琉球新聞と沖縄タイムスを送ってくれた。そとなんちゅう(本土)では報道されない、あるいは一部しか報道されない実態が生々しい。彼の投稿記事もあった。あの柔和で大人しい彼をしてここまで行動させているのは、理不尽に痛めつけられている現実があるからだろう。押さえることの出来ない呻気声として私の心に響いてきたのだ。彼とバトンタッチするように、確か11/24日頃大阪から、金城実さんより電話が入りびっくりした。彼は独学の彫刻家で「銃剣とブルドーザー」等反戦彫刻で有名な人だ。2011年2月に南信分区の「沖縄スタディー」で読谷村にある彼のアトリエを訪ね、美味しい泡盛を酌み交わしながらしばしの間楽しくお話をさせてもらった。それ以来大阪に事務所のある「金城実を支える会」に入会しているのだが、あの時のことを覚えていてくれたのだ。本土から切り捨てられる人々の、本土への必死な思いがひしひしと伝わってきた11月であった。今の沖縄の思いや呻きは、本当は本土の問題であるのだ。この沖縄の呻き抜きに「平和の主よ、来たりませ」とは歌えない今年のアドベントだ。

 

2015.12.20「メリー・クリスマス」

 

 私の妻は今年7月末に天に召された。普通ならまだ喪に服して「新年のご挨拶は失礼させていただきます」との挨拶を皆に出すのだろうが、どういうわけか私にはそのような常識はないようだ。父の時も、母の時もそうだった。だいたい私の場合年賀状は、従来から新年に着くようには出していない。新年になって頂いた年賀状に返礼し、しかも1月一杯かかっている。だから今回もそうなるだろう。年賀状の効能の一つは、普段疎遠になっている方々と年一度の消息を確かめあう絶好の機会という事である。良い事だけでなく、不幸、悲しいこと、辛い事なども報告し合うのが良いと思う。

 キリスト者にとってクリスマスは新しい時の始まりである。だからカードには“Merry Christmas and a Happy New Year”と書かれている。西暦はそのことを顕している。紀元前は英語でB.C(before Christ=キリスト以前)で、紀元はラテン語でA.D(Anno Domini=主の年)とされているように、イエスが主(神)となられたことが全歴史の到達点であり、また出発点であるという喜びと感謝の信仰告白がそこにあるのだ。

 このアドベントに頂いた1通の嬉しいメッセージがあったので紹介してクリスマスの挨拶にしたい。私が1968年に神学校を卒業して伝道師として赴任した教会で、毎日のように教会に出入りしていた青年が大勢いた。その中の女子高校生Sちゃんから30年ぶりに突然のメッセージを受け取った。彼女がやはり同じ教会の青年会員だったT君と結婚したことは知っていたが、この間両者共に全くの音信不通であった。手紙によると、結婚してから次第に教会から遠ざかって久しかったが、最近礼拝に出るようになったとのこと。そのきっかけは、彼女の娘が「毎晩 おじいちゃん おばあちゃんに感謝するお祈りをしてから寝ている」と言ったからとのことだ。

 私が牧師として、かつて教会で親しい交わりにあった人たちの中には、いつの間にか教会を離れてしまい、音信普通になってしまったままの方々が数多くいる。そんな彼ら彼女たちにどうする事も出来ない自分自身の不甲斐なさを思うと、果てしなく落ち込んでしまうのである。そんな中で、今回のSちゃんからの突然の便りには、あの主イエスの、マタイ18章とルカ15章の「迷いでた羊」のたとえに出て来る「良き羊飼」いの姿を見た思いがした。「迷える羊」を見つけだすまで探し回る羊飼いの姿だ。牧師としての私がどんなに不甲斐なくとも、主イエスが探し出してくれ、その喜びを分ち与えてくださったのだ。私の死んだ妻が、Sちゃんの私へのこのすばらしいメッセージへの橋渡しとなったことにも感謝。メリー・クリスマス!

 

2015.12.27「年末に想う」

 

 2015年も今日が最後の日曜日となった。あっと言う間の一年であった。不思議なことに老いも若きも口を揃えて時の過ぎ去るのが早いと言う。この世の時(クロノス)は今も昔も変わらず同じ時を刻んでいることは確かであるが、この感覚はどういったことなのだろうか。年を重ねるに従って感覚が鈍ってきたせいなのか? それならもっとゆっくりの方へ行きそうなものだけれど! それとも世の中のすべてのテンポが、高速道路やリニヤモーターカーに象徴されるように、どんどん早くなってきているからなのか? 早さだけでなく、なんでも大きさや数の多さを求める世の中の宿命なのかも知れない。

 私はミクロネシア連邦のポナペ州の教会連合が運営する学校支援のワークキャンプに長年関わってきて、自身も何度もワークに参加してきたが、ポナペ人とその社会は実にのんびりとしていて、決して時間に縛られない生活をしていることに大きな魅力を感じてきた。私が最初に参加した35年前は、特にそうだった。電気水道ガスなどなく、勿論ラジオ、テレビ、新聞、電話なども一切ない生活であった。ほんとうに時間はゆったりと進んでいく感じで、スケジュールはあって無きに等しく、ポナペ人はあくせく働くこともしない。家族や人々を大切にする、実に心豊かな社会を築いていたことを想い起こさずにはいられない。

 キリスト信仰は、クリスマスの飼い葉桶の赤子に象徴されるように、小ささと無力さを神とするのだから、この世の価値観とは全く対照的な価値観なのだ。だから、せめて教会の中だけでは、時がゆっくり進んでも良いはずなのだが、あくせく忙しい。気がついてみると、経済的豊かさを求め、人的多勢を求めてしまっている。それでは神の国から離れていくだけだ。そこでは信仰生活がこの世的自由と平等を求め、この世的経済効率を求め、この世的満足を求めることにスライドしてしまう。すると信仰的善意という意識の下で、序列化や排除が忍び込んでしまうのだと思う。

 この一年間を振り返ってみて、幼子の立ち位置に身を低めることが出来たのだろうか、老人の歩に合わせることが出来たのだろうかと反省しきりである。それにも拘らず、この私たちに身をかがめて寄り添い、歩を合わせて下さっている主イエス・キリストを顧みるクリスマスを与えられ、年末から年始へと誘われていることに感謝を捧げたい。

 

2016.1.3「初めに言葉があった」

 

 A.D.2016年の初頭にあたって、先ずは新年おめでとうございます。クロノス(人の時間)の世界も、カイロス(神の時間)の世界も常に一秒一秒と新しい時が訪れているのであるが、我々は時をどれだけ新しく創造された主の時として迎い入れ

てきたであろうか。初日の出を特別な思いを持って迎え入れようとしている人は多い。しかし、次の日からはどうであろうか。次の日も新しい時であるのだから、毎日を新しい時として感謝して迎えるべきであろう。勿論一日の終わりにあたっては、今日一日生かしてくださったことを感謝し、どれだけその恵みに応えてきたかを反省、悔い改めて一日を終える。そこには、クロノスとカイロスの一致があると思う。カイロスが無視される時、非人間的無味乾燥さを感じるのではないだろうか。

 さて、年頭の聖日にあたり、聖書の一番始めの言葉を聞きたい。「初めに言葉があった」。「言葉」は勿論神ご自身であり、聖書はその神は「言葉」であると規定している。この言葉によって、世界が創造されたのであり、ヨハネ福音書では、この言葉は光りであり、真理であると証ししている。神は御自分に似せて人を創造し、御自分の息を吹き入れて人を生きたものとしていることを覚えたい。

 昨今、人間の言葉(特に為政者たち)の薄っぺらいこと、重みもない。それどころか嘘っぱちそのものである。言葉そのものに、創造性もなければ、命もない。言葉が実にはかない刹那的道具に成り下がってしまっていることは、実に創造主にたいして申し訳ないことである。年末に安倍政権は、日韓間における「従軍慰安婦問題」で「日韓合意」という画期的と思われる声明をなした。それにも拘らず日韓双方の国民の中には、この「合意」に疑問を持っている人々が沢山おられる。そこには日本政府が「謝罪」しているようで少しも謝罪していない実態があり、朴政権側にしても、許しているようで許していない実態がある。聖書の中心テーマは、神と人間の決定的な溝、その溝をいかに埋めて神との和解がなるのかである。和解の道は、神の側からの一方的な犠牲の徹底以外にありえないことを、このクリスマスに学んだ。韓国との間の超え難い溝を、如何に超えることが出来るのか。その答えは、カイロスをいかに迎え入れることが出来るかにかかっていると思う。まさにカイロスの存在そのものを見失った今の世に対し、キリストの教会は今こそ証しする絶好の時ではないだろうかと、気持ちがひきしめられるのである。

 

2016.1.10「美しい足」

 

 雪も凍結もない冬の軽井沢は久しぶりである。生活面では非常に楽であるが一方において物足りなく寂しい思いがしてならない。そんな思いに駆られるのはなんといっても雪積より氷で凍てつく軽井沢の美しさを求めてのことである。そんなことを言うのは、私の中の冬の軽井沢の思い出が鮮やかにあるからだ。特に中学生時代の冬の感触が忘れられない。多くは積らないが一旦降った雪は凍てついて、まだ舗装もしていなかったガタガタの通りには馬車馬のころころとした丸い糞があちらこちらに転がっていた。それが固く凍って強く地面にひっついているので、蹴っ飛ばしても蹴った足のつま先をよく痛めたものだ。外を歩くと吐く息が鼻や口の回りで凍りつく。耳たぶが痛くなる、あかぎれや、肌の荒れ、どんなに下着を着込んでも体の中芯から凍りつくように冷え込む。その頃は旧道の街中からでも浅間山が目の前に真っ白な姿を見せていた位だから、今のように唐松林に覆われてはいなかった。だから唐松林の冬景色より、樅の木が雪と氷に彩られた景色の方が鮮やかに記憶に残っている。家にいても炭ごたつに一日中入って、背中には分厚いハオリを掛けてじっとしていなければ過ごせなかった。風呂は勿論五右衛門風呂で、湯船に入るまでは、脱衣場も洗い場もガタガタ震える寒さであった。風呂蓋を開けると風呂部屋はすぐに湯煙で深い霧に包まれたようになり、湯は熱くて、おまけに湯船の回りは鉄なので肌に触れないように、湯船の中の足場になる板の上にバランスをとりながら丸こまって入るのものひと苦労であった。2002年に私が赴任してから去年までは結構雪が多く凍てつく冬が続いていたが、今年は今までになく凍てつく冬の様相はなかったので余計にそのような昔の軽井沢の冬が懐かしく感じるのかもしれない。

 「美しいもの」があくまでも「美しい」のはその「美しさ」を醸し出すための苦労というか、厳しい現実がその裏にあるからこそではないかとつくづく想う今年である。そのことは信仰生活にも同じようなことが言えるのではないだろうか。信仰者としてのあり方を「美しさ」にたとえるなら、その「美しさ」を醸し出し出す厳しさがあり、それに耐え、その生活に順応すればする程「美しさ」を増すことになるのかも知れない。「良い知らせを伝える者の足は、なんと美しいことか」(ロマ10:15)と使徒パウロはイザヤ書52章7節を引用して主に聞き従う者の足の美しさを強調している。またルカ福音書では、ある罪の女が主イエスの足を彼女の涙で拭いて髪の毛でぬぐい、その足にキスをし、香油を塗って主イエスへの愛を顕し、主イエスに受入れられた物語もある(ルカ7:36〜50)。教会生活なくして信仰生活はあり得ないのだ。ちょっと蒸れると水虫がうごめき出したり、固くてひび割れが入ったり、がさがさとささくれだったような私の足の裏だが、信仰者としてはイザヤやパウロの言う「美しい足」でありたいものだ。

 

2016.1.17「私の洗礼」

 

 私の受洗は1945年12月、3才のクリスマスであった。その年4月14日夜中の空襲で父のいた麻布教会が焼失。父の先輩三井久牧師が牧会していた目黒の行人坂教会は焼失を免れていたので、そこに居候していた時だ。司式をしていた三井牧師が壬午おいでと声をかけ、ちょこちょこ出ていった私に親の承諾もなしにいきなり洗礼を授けてしまったという経緯だったそうだ。幼児洗礼の場合は、本人が自発的に「信仰告白」をする必要があった。それを「堅信礼」という。そして私が「信仰告白」をしたのは高校2年のクリスマスであった。その動機はまことに幼稚かつ不純なものであった。ちょうど2才年下の弟が洗礼を受けると言い出したからである。弟に遅れをとってはならないとの競争心であった。このとは先週の宣教で白状したことである。さて、私の受洗は有効であるのか否か?

 先週の宣教題はヨハネ福音書における「イエスの受洗」。イエスはこのヨハネのもとにきて、ヨルダン川で水による洗礼を受けている。そこではヨハネのイエスの申し出に対する反応は記されていないが、ヨハネの水による洗礼は人間の側の「罪の悔い改め」が動機(条件)であった。ヨハネはイエスに授洗した時に、天からイエスの上に聖霊が下ったことを証言し、そしてイエスはこれから水ではなくて「聖霊」で洗礼を授ける方であると述べている。しかしイエスが「聖霊」による洗礼を授けたという記事は他の福音書を読んでも見当たらないのだ、では「聖霊による洗礼」とはいったいどういうことなのだろうか。

 今日でも水による「洗礼」がなされていて、そこには「罪の赦し」であるとか、「新しい命に生まれ変わる」という象徴的意味が言われているし、そこには聖霊が働くとも言われている。そして罪の悔い改めと信仰告白が求められているのだが、そうなると私の受洗と信仰告白はまるでなっていないのである。そんな私にとって主の「聖霊による洗礼」は救いなのである。なぜならそれは「霊なる神」ご自身のまったく一方的な人間への愛の行為であるからだ。そこには人間の側の動機や行為、功績に左右されるものはないからだ。 マタイ20章のあのぶどう園のオーナーの振る舞いがそうであると思う。人間の側の正義や公平は全く通用しない世界なのだ。そう考えると、私のまったくいい加減な堅信礼への動機も許され、主による「聖霊による洗礼」が降り注いでいたと思えるからであった。

 

2016.1.24「悲惨なバス事故に思う」

 

 今月15日(金)未明にここ軽井沢国道18号碓井バイパスで痛ましいバス事故が発生。13名の若者と搭乗員2名が死亡した。犠牲者とその家族の方々には謹んで哀悼の意を捧げるとしかいいようがない。次第に事故原因の全容が明らかにされてきている。旅行会社やバス会社の不法な利益優先の運営体質や監督する責任官庁のあり方を正していくことは勿論のことだが、これは単なる偶発的な事故ではない。このような人命軽視の結果を生み出す社会全体の深刻な問題点があることが分かっているからだ。それが改善されねば何度でもこのような悲惨な事故は続くのではないだろうか。

 土下座して謝っている関連会社の社長やスタッフの姿は、何故か金の子牛の前にひれ伏している偶像崇拝者の姿に見える。それは奴隷の姿である。この場合の「支配者」とは「経済絶対主義」の価値観に他ならない。「奴隷」は拝金主義者で、かれらの「支配者」に対しては何の言い訳も文句も許されない。このような事故が起こる度に、関係者のみならず社会全体が、二度とこのような悲惨な事故は起こしてはならないと誓うが、必ずまた同種の事故を起こしてきている。経済という「神」への「信仰」が知らず知らずのうちに植え付けられて「奴隷化」される、そのような生き方を根底から崩していかねば、人間軽視の状態はあらゆる局面に反映されるのではないだろうか。

 では、如何にしたら「拝金」という「偶像崇拝」から脱却できるのか。それはバプテスマのヨハネの弟子たちが「イエス」が何処に泊まっておられるのかを、イエスご自身に尋ねたところにその鍵があると思う。つまりイエスが何者であるのかを極め続けるために、イエスのおられるところに赴き。寝食を共にしながらイエスを見つめ、イエスに聞き、イエスに従う以外にない。

 本日は恒例となった教会協議会が予定されている。次年度の教会の宣教方針を話し合う場である。いいかえれば「どんな教会」を私たちが建ち上げていこうかという話し合いである。間違っていけないのは、わたしたち一人一人の理想をそのまま実現させるということではないということだ。主ご自身があなたがたは「何を求めているのか」(ヨハネ1:38)と問い「来なさい、そうすれば分かる」(同1:39)と答えて下さっている。ヨハネの弟子の生き方と歩を合わせたい。

 

2016.1.31「平和の主はすべての人々に」

 

 沖縄県宜野湾市より手紙が届いた。普天間飛行場跡の利用計画のための所有権者による話し合いへの案内だ。私も一坪反戦地主の一人となっているからだ。宜野湾市長選挙で辺野古移転推進派の候補者の勝利直後のものだけに、その対応の素早さに驚きを隠せなかった。沖縄県民は総力を挙げて辺野古移転に反対しているものと思っていたので、宜野湾市の民意が賛成派候補を選んだことに、沖縄の人々の複雑な思いがあるのだなと思わされた。しかし私が一坪反戦地主になったり、辺野古移転反対をするのは、日本の米軍基地がベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争の前線基地として実際に機能しているからである。これは、いかなる戦争も否定する日本国憲法の反戦平和の精神に反するものであり、いくら安保条約により日本の安全を守るためだと言っても大きく逸脱しているからだ。そしてなによりもイエス・キリストの教える「平和を造り出す者は幸いである」を踏みにじる不信仰の極みでもあるからだ。それはあまりにも理想主義すぎると言われても、主イエスの平和主義は、主義というよりも本質そのものであるから、暴力による平和は平和ではないということをキリスト者は肝に命じなければならないからだ。その点日本国憲法9条「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。�前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」は、まさにキリストの教えへの聴従に値する優れた平和主義を謳っている。キリスト者としてこれを死守するのは当然のことだろう。

 昨日私が世話人代表をしている軽井沢憲法9条の会新年会が開催された。雪の悪条件の中18名が集い新年の挨拶を交わした。皆が一様に、前年暮に現安倍政権がいわゆる「戦争法案」なるものを強行採決し、新年早々の国会において首相が「憲法改正」に言及したことに大きな危機感をもっておられた。これをくい止めるに、安倍政権は衆院同様に次回参院選でも与党で三分の二以上の議席を確保し「改憲」の発議を狙っているのだから、なんとしても次の参院選で安倍政権を引きずり降ろさなければならないという思いを吐露していた。主イエスは市井の方々にもそのような平和実現への幻を与えて下さっていることを目の当たりにして新年を出発できたことは牧師としても勇気を与えられたことであった。

 

2016.2.7「逃げてはいけない」

 

 1月11日牧師会が一泊で開催された。テーマは「北信分区における教会の現状と課題〜他教派と共に学ぶ〜」で、日本聖公会長野聖救主教会の金善姫(キム・ソンヒ)司祭から「日本聖公会の現状と北信地域の宣教の課題」を聞くというプログラムであった。私はキム・ソンヒ司祭のフランクさに惹かれた。「聖公会」は私たちのような招聘制度に象徴されている各個教会主義ではなく、監督制の教会であり、上意下達的要素の強い組織だと思っていたのだが、冒頭から「教会の規則などは破られるためにあるようなものだ」と、どこはばかることなくいう彼女にびっくりした。そんな牧会者を包み込んでいる「聖公会」を再認識した次第であった。

 2月1日に『戒規か対話か —聖餐をめぐる日本基督教団への問いかけ—』という本が信教コイノニア社から出版された。同労者(教会と牧師)が宣教の現場の只中で、時と状況に応じて示された決断の道 (紅葉坂教会のOpen聖餐式) を、戒規違反としてなんの対話もなしに当該牧師を除名処分にし、その後一切の対話を受け付けない教団執行部へラブコールを送る内容の本である。あとがきで渡辺英峻牧師が「対話を放棄したら、後は血で血を洗う殺し合いしかない、〜対話はどんな武器よりも力を持つ人類の英知の結晶であることを、改めて知らされました。」「この本は対話への呼びかけなのだが、とはいえ、対話の呼びかけというよりケンカを売っている観が強いが、しかし暴力さえ避ければ、ケンカも対話の内だと思います。」と言っているのであります。問題は「聖餐式」の持ち方云々だけでなく、それ以上に合同教会としての日本基督教団そのものの体質が問われているのであります。

 1月23日〜25日に磯部温泉で開催された関東同信伝道会研修会で、講師の霊南坂教会牧師後宮敬彌さんは、現教団執行部は、合同教会(旧教派的伝統を受け継いだ教会の集合体)としての教団から「一教派化」を強引に思考していると批判されました。私たちのような会衆派の伝統(各個教会の自由・自主・独立の精神)を受け継ぐ教会としては、現教団の教会としての死活問題でもあるのです。だから渡辺英峻牧師のようにOpen聖餐には反対の方も含めて、会衆派の伝統をもたない、他の旧教派的伝統を受け継ぐ多くの教会や個人の方も「戒規か対話か」の中で発言されているのです。

 いずれにしてもわたしたちキリスト者は、自分が気に入っても気に入らなくても、お互い主の前に正しく立つ者としての姿勢が問われていることを忘れてはいけない。自分の義を神の義と勘違いする不信仰を慎まねばならないのです。そのためには対話が重要なのです。対話なしには救いはないばかりか、罪の深みにはまっていくだけではないでしょうか。対話することで、もしかしたら対話を迫る側も、神の前にその姿勢を正されることがあるのかも知れない。しかし、決して「逃げてはならない」と思います。是非「戒規か対話か」をみなさんにも読んでいただきたいと思う。教会に貸出用が1冊あります。購入希望者も私までお申し出ください。

 

2016.2.14「2.11集会に出て」

 

 北信分区の 2.11信教の自由を守る日集会が開催された。今回の講師は信州大学法科大学院教授の成澤孝人さん。演題は「『安全保障法制』廃止のために出来ること」であり、2時間にわたる講演では多くの示唆が与えられたのだが、私には一方において聖書の福音が説かれているようでもあった。そのことをお話しよう。

 まず彼はクリスチャンでもなく、今日のようなキリスト者の集まりで話すのもめったにないことであると挨拶されていた。その彼がめちゃくちゃ9条に惚れ込んでいるのである。なんど憲法第9条がすばらしい文章であると言ったことだろう。憲法第三章は「国民の権利及び義務」で第十条から第四十条まで、ありとあらゆる人権を重んじる条項で埋められている。「信教の自由」は第二十条である。この基本的人権思想は、ひとえに第二章第9条の完全なる戦争放棄条項に起因しているからであるという。日本国憲法は実に世界に類のない、人の命を一番大切にする国になろうとしている故にすばらしいのだと。だから「9条」が否定されると、人権条項すべてが骨抜きにされてしまうし、人権そのものが否定されてしまうのだと言われる。そう言われる講師の心に、人が一人も滅びることを願わない神の愛が満たされていると感じた。私もかねてから旧約の預言者イザヤの預言した終末の平和「剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。」(イザヤ2:4)、憲法9条は、この預言の成就を謳ったものだと言ってもよいと述べてきた。また主イエスも「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる」(マタイ5:9)とおしゃっている。憲法第12条にはそのことを「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。」と規定していて、まさに主の言う「平和を実現する者」の言い換えだと思う。憲法9条を守り実現することは、優れて福音の実践ではないだろうか。

 最後に成澤さんが強調していたのは、いつの時代にも、正しいことを正しいと言い続けるのはいつも少数者である事。少数者であっても正しいことを正しいと言い続けるなら、必ず世の中を変革する大きな力となると希望を語られていた。まさに十字架に上げられていった主イエスの証しそのものと感じた次第である。

 

2016.2.21「主の指南」

 

 主イエスは宣教活動を始めるにあたって荒れ野でサタンの誘惑を受けたとどの福音書にも書かれている。「荒れ野の誘惑」は、これから始まる主の公生涯における通奏低音となっていくのである。

 人は誰しもいかなる「荒れ野」状態も避けたいと願うだろう。人の目や口、子育て、人付き合いへの不安感、心身共なる健康問題、どこを向いても「荒れ野」状態だ。そんな状態から逃げ出したいと願うのは自然のことだろう。そこで「癒し」なるものがもてはやされるようになる。世間ではなんでも「癒し」という言葉を付ければ売れるという商法が真っ盛りである。だが大方の「癒し」は一時的である。なぜなら「荒れ野」状態を根源から絶つものではないからである。

 主の教会における信仰生活はどうだろうか。商戦で持て囃されている「癒し」を求めて来られるご仁は多い。居心地が良ければそこに居続けるが、居心地が悪くなればさっさと出ていく。主の「教会」もそんなものなのだろうか。

 私自身を振りかえってみる。6カ所の教会を渡り歩いてきたが、どこでも居心地が良くなってきた頃に必ず転任が命じられてきたと感じている。逆に言うと、一番行きたくない選択肢の教会に結果的に遣わされてきたと思っている。

 主イエスも「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない」(マタイ8:20)と言っている。常に無理解・誤解・中傷・非難・策謀・殺意という荒れ野から逃れることは出来なかった。それだけではない。今なおあの十字架の苦しみを負い続けておられるではないか。「教会」はいつも「荒れ野」を彷徨う者の群れでもあるのだ。いつもサタンの誘惑に晒されている。しかし、教会はそこでサタンに打ち勝つ場でもあるのだ。なぜなら既にサタンに打ち勝った主が共に居られるからだ。

 サタンは何だかんだと言葉巧みに私達にからんでくる。彼の狙いは主なる神から私達の目をそらせる事にある。目をそらされた途端に私達はサタンの手先にされていることがある。サタンにされているかどうかのリトマス試験紙がある。それは、神の目ではなく人の目や口ばかり気にして愚痴っている姿だ。怒り心頭でどなったり、おっかない顔をして攻撃する姿だ。こそこそ陰口をたたく姿だ。みんな身に覚えがあるだろう!主はじっと忍耐してそんな私達に立ち戻れと十字架の上で待ち続けておられる、そこに私たちへの指南があるのではないだろうか。

 

2016.2.28「主の証人」

 

 3月13日自民党大会で決定する自民党2016年運動方針の柱に「憲法改正推進」が掲げられていると27日の報道にあった。既に現政権は「集団的自衛権」の容認や「安保関連法案」を強行採決して、憲法9条を骨抜きにしてきたが、現行憲法がある限りは現政権の軍国化政策に合法的に反対することも、人権主義や平和主義を掲げることも可能である。しかし、明文改憲が果たされてしまうと、再びあの戦前戦中の「見ざる、言わざる、聞かざる」の世界に逆戻りするのではないだろうか。それもこの夏の参院選ではっきりとするだろう。歴史を振り返ると世界恐慌は常に大戦の引き金となってきた。今の世界における経済格差の拡大をみると、それを引き金に大きな紛争やテロリストの出現、テロとの戦争の泥沼化が深まってきていて戦慄を覚える。

 米国大統領選における共和党指名候補予備選でのトランプ氏とローマ法王フランシスコとのやりとりは実に興味深いものであった( 20日報道)。そこには笑い話では済まない問題が潜んでいるように感じる。その一つは、トランプ氏のような排外主義的言動が、どうして米国市民に支持されるかということである。確かにメキシコからの麻薬や犯罪者の流入は現実問題としてあるかもしれない。しかし、不動産王といわれる大富豪が、極貧のメキシコ移民へのひとかけらの同情もなく発した、国境に「万里の長城を」との発言には、憎悪を多分に含んだ差別意識があることは間違いない、と私も思うからだ。リベラルなプロテスタント長老派教会に属するトランプ氏の信仰的あり方が、どうしてあの差別発言に繋がるのか、そして支持されるのか不思議である。それに対して法王が、キリスト者ではないとトランプ氏の信仰を否定したことにはびっくり、ちょっと言い過ぎ、オーバーランしたのではと疑問を感じた次第である。しかし、法王のこの世への発言という点では、大いに評価したいのである。何故なら、ナチズム全盛期に、特にホロコースト(ユダヤ人根絶政策)への発言を法王は一切せず、「神の沈黙」とまで揶揄されてもだんまりを決め込んでいた時代があったからだ。

 教会は常に世界中から何を語り、何をするか期待されているのではないだろうか。たとえそれが社会の体制を刺激するようなことであってもだ。今回の法王発言も「壁ではなく、橋を築こう」という趣旨での批判としては正しい発言であり、「主の証し人」としての発言であったと思う。「キリスト者ではない」とは、その思いの深さ故の表現だったのだろう。いずれにしてもこの世の悲惨な現実に対して、積極的に発言し行動をしていく姿こそ「主の証し人」としてふさわしい姿であると思う。失言や失敗もあるだろう。でもそれに気づいたときにお互いに素直に誤れば良いのである。

 

2016.3.6「岩のごとき」

 

 毎週金曜午後の聖書の学びの会では現在イザヤ書を朗読している。イザヤ書は旧約聖書中最も偉大な書であり、新約聖書での引用が最も多い。イザヤ書のテーマの第一は「聖なる神」という概念である。第二は罪ある人間への裁きだが、一部の人間だけが「残される」という思想である。残りの者とはバビロン捕囚のイスラエルで、解放され帰って来て彼らが祖国復帰の「隅の石」となることが預言されているのである。先週は26章を学んだ。1〜6節で人間は神の愛に包まれることが如何に平和(シャローム)であることかを、「主こそはとこしえの岩」(4節)と歌っていた。信仰者(イスラエル)の思考と行動規範の揺るぎない立脚点を主なる神への信頼に置かれるべきことが説かれているのであった。

 この一週間の大きなショックは、やはり参議院予算委員会で安倍総理が名文改憲について「在任中に成し遂げたい」と表明したことだ。何故という質問には答えていなかったが、自民党が2012/4/27に決定した「憲法改正草案」を読むとその意図は明白である。天皇の元首化。国防軍の保持。国民の権利及び義務では、権利の制限が著しく、義務の強化が目立っている。私は政治的意図でもって憲法の問題を云々しているのではない。あくまでも主なる神への信頼の故に証しせねばならない「主の共同体」の使命として、つまり主イエスの求められた「隣人を自分のように愛しなさい」(ルカ10:27)という戒めに生きるために、これとは正反対の生き方をしようとしている政府への愛の警告として発信したいだけなのだ。教会はイザヤの言う「主こそはとこしえの岩」という主への揺るぎない信頼をのみ基盤としているのである。主も、弟子シモンを「ペトロ=岩」とされ、その上に教会を建てるとされた(マタイ16:18)。当教会礼拝堂の正面入り口の上の壁には巨大な田中是清画伯の岩の絵がある。その横に絵の説明として「神こそ、わたしの岩、わたしの救い、砦の塔。わたしは決して動揺しない。」(詩62:3)が掲げられている。教会はいつどんな時にも神の愛したもう人間の尊厳と生命が損なわれるような事態にたいしてNO!を発する「揺るぎない岩」としての存在を証しすべく選び分たれている存在なのだ。それは私たち一人一人の人間関係においても全く同じことだと思う。いつも信頼する神ならどう言われるのか、どうされるのかを第一に考えたいものだ。

 

2016.3.13「受難節の瞑想」

 

 主イエスの今年の受難節は、2月10日から始まって3月26日までだ。受難節は主イエスの受難予告から始まり十字架刑までの一連の流れを指すが、そもそも神が人と成られたこと自体が神の受難なのだろうと思う。クリスマス物語を想い起こしてみても、そこにはありとあらゆる苦難と困難が凝縮されていたではないか。「受難」という言葉の響きは文字通り受け身の難というイメージがつきまとうのだが、主の受難はむしろ積極的であると思う。困難へと正面から突入することは、決して消極的な受け身の姿勢ではない。逆に、積極的に困難に立ち向かう姿勢にこそ、真の救いへの道が開かれるということが、主の受難物語に示されていることを見逃してはならないだろう。

 主は公生涯(十字架の死と復活までの約3年間)の大半において、民衆の受けが大変良かったし弟子たちも多かった。その人気の秘密はなんといっても強烈な主のカリスマ性だったことは間違いない。特に彼の「律法主義」にとらわれない解りやすい福音理解と、なんといても心身共なる「癒しの業」にあったとことも間違いないだろう。だが、主にとってはそのような人気が高まれば高まる程、苦痛の種となっていったのではないだろうか。何故なら人々の中に蔓延していく御利益信仰、つまり偶像崇拝に成り下がってしまうからだ。日本流に言えば「鬼は外、福は内」の世界から自由にされていなからだ。主はそんな人々の不信仰を明らかにされた後に、真のご自身の神性を表明し始めた。例えば主が御自分は「命のパン」だと言ったことによって、多くの民衆や弟子たちまでもイエスのもとを去っている(ヨハネ6:66)。ラザロを復活させたことは決定的に当局者を刺激し、イエスの逮捕と十字架刑への直接的引き金になっている(ヨハネ11:45〜57)。またユダやペテロの裏切りも充分承知していた(ヨハネ13:21〜30)。そして逮捕と処刑を承知の上でエルサレム入場を決行する。これらはすべて承知の上での主イエスの言行であり、それは極めて能動的かつ主導的なのである。「十字架」そのものが主の目的であり、そのための来臨、公生涯であったことになる。

 このイエスを主として従うことを決意した者は、この世や自分自身の身の上に起こる嫌な事から目を背けてしまうことに留意していかねばならないと思う。逆にそれらを正面から受け止めチャレンジしてみること、それが信仰者としての日々であることなのだと。この受難節に聖書に親しめば親しむ程、反省させられる思いである。

 

 

2016.3.20「受難節の瞑想(2)」

 

 本日より主の受難週入りだ。毎日御受難の聖書日課に触れながら、バッハのマタイ受難曲のCDを、時間があればかけて仕事をしている。マタイ受難曲は3つの演奏のものを持っている。残念なことにリヒターのものは3枚組の一枚目が行方不明となっていた。2枚目は途中で傷でもついているのか先に進まず、思うように聞けない。そろそろ鈴木雅明さん指揮の受難曲を手にいれなくてはとふと思う。また現在の聖書日課の福音書はヨハネによる福音書なので、確かヨハネ受難曲も持っていたはずだと探したが見つからずじまいだ。

 受難週は、日曜日=エレルサレム入場。 月曜日=神殿から商人を追い出す。火曜日=論争、譬え話、終末の預言。水曜日=ベタニヤでの香油注ぎ、ユダの裏切り。木曜日=最後の晩餐、ゲッセマネ、逮捕、審問。金曜日=ピラトの審問、ユダの死、十字架、埋葬。各福音書は大体一致した受難週の進行具合である。毎日各福音書の平行記事を読み比べて瞑想したい。

 聖書日課に従って読み進むと、ヨハネ福音書に登場するイエスをとりまく人々の姿が興味深い。私たちの姿とも重なる部分が多分にあるからだ。ヨハネ単独の記事から見つめてみた。先ずイエスの最初の弟子ともいえるイエスの兄弟たちである。イエスは長男であり父親替わりで家業に勤しんでいたのだが、いよいよ宣教活動に入った時、彼等は家族ぐるみでイエスを応援したようである。人気が上昇する中、兄はマイナーなガリラヤ地方でくすぶっているより、ユダヤ地区(エルサレム)に進出し旗揚げするチャンスだとイエスに進言している(ヨハネ7:1〜9)。兄弟たちはこの世的な数の論理に支配されているようである。これは今日の私達も陥る落とし穴ではないだろうか。「私の時はまだ来ていない」(7:6)と主イエスはこれを一言のもとに却下している。しかし、仮庵祭に兄弟たちがエルサレムに入った時、最初は隠れるようにして主イエスも付いて行っている。そこでの群衆のイエスへの評価は分かれていた(7:10〜44)。イエスの人物像を、その出身地や、生まれ育ちなどで判断しようとしている。ファリサイ派などのユダヤ人指導者たちにはそれが顕著である。私達も出身地や家柄、学歴などによって人を判断する癖が染み付いているのではないだろうか。主イエスは人々や弟子たちの期待とは全く違った「道」を歩まれていたのである。イエスの腹心であったペトロをはじめ、皆ことごとく主を裏切ったことも頷ける。

「ナザレのイエスを 十字架にかけよと 要求した人 許可した人 執行した人 それらの人の中に 私がいる」という水野源三の詩が私の胸に鋭く突き刺さってくる。

 

2016.3.27「受難節の瞑想(3)」

 

 とんだ受難週となった。いうまでもなく22日34名の死者と230人以上の負傷者を出したベルギーの首都ブリュッセルでのIS(イスラム国)による同時多発テロだ。ようやくシリアでの不毛な戦闘に曲がりなりにも停戦協定が成った矢先のことでもある。そこには主イエスの受難の姿が重なる。この世はいつまで主に十字架を負わせ続けるのだろうか。私達はどの面して主の十字架を見上げることが出来るのだろうか。 今から16年まえ21世紀を迎えるに当たって、世界中が21世紀は「平和」の世紀だと希望を膨らましたことを思い出す。私も憲法9条を掲げている日本が21世紀の世界を牽引する幻を抱いたものである。だが現実はそうは簡単ではないことを思い知らされ続けてきた。日本でも現在安倍総理は「積極的平和主義」とうそぶきながら、憲法違反を犯してまで「戦争法案」なるものを強行採決し、自衛隊を普通に戦争できる軍隊にしようとしゃにむに突っ走しっている。

 主が十字架に架けられ死んだ金曜日の聖書を学ぶ会ではイザヤ書27章を輪読した。27章2〜3節は「ぶどう園の歌」。イスラエルがぶどうの木に見立てられ、ぶどう園の主である神は、そのぶどう園を守り、肥料を施し、水をまき、良い実を結ぶように愛でられている。やがてぶどうは育ち実りをつけたが、必ずしも美味しい実が実ったわけでは無かった。実はイザヤ書5章でもすでに同じ「ぶどう園の歌」があり、そこではまずい実しかつけなかったので、主は怒ってぶどう園を破壊している。しかし27章では同じぶどう園であっても、良い実であるなしに拘らず、いやまずい実ばかりであっても、かつてのように怒り滅ぼすのではない。それでもなお肥料を施し、水を蒔き、世話をする主の姿がある。そこには痛みを伴った愛の神の姿が歌われていた。そこにはイザヤの信仰共同体が、歴史を通して真の神の姿を次第に捕らえ直していく過程が示されるのである。かつての強敵アッシリア、その後のバビロニアの脅威も、まずい実しか実らせないイスラエルへの罰としての神の道具と捕らえる視点は流石である。更に最後には全世界から失われた人々を拾い集めて彼らが永遠の主の都で一緒に主を礼拝する幻が歌われているのであった。

 現在のISのテロ行為とそれに対する欧米、世界の対抗処置は多くの一般市民の犠牲をも強いている。大規模な難民も産み出し続けている。平和の神はどこへ行ってしまったのかと嘆くばかりではなく、そこにも痛みの神の御支配の姿を探し求めたい。イザヤのこの信仰は、主の十字架と復活によってみごとに成就したことを覚え、私たちもこの年のイースターを、襟を正して迎えたいものだ。