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天声JINGO アーカイブ

2016年度4月〜

2016.4.3「主の復活ハレルヤ」

 

 悲喜こもごもの受難節と復活節である。年齢も学年も一年先輩の三浦修牧師が、この春突然引退表明をされた。私は彼とは神学生時代は寮が異なっていてあまり交流はなかったが、牧師として駆け出しの東中国教区で大変世話になった。私は倉敷教会伝道師、彼は鳥取の湖山教会で伝道をされていた。教区の教育部や社会部などで一緒に活動させてもらった。しかしそれよりも、なにかと言うと彼の本拠地鳥取で委員会を設定し、その前後で一日余計にとり海釣りを楽しんだことは本当になによりの息抜きとなったものだ。ミクロネシアのポナペ伝道支援会の最初からのメンバーでもあり、私も今日まで一緒に拘ってきた。私は倉敷教会伝道師4年、同市内児島地区の琴浦教会で7年、それから群馬県藤岡市にある緑野教会に移った。三浦牧師は一生居るのではないかと思われる程湖山教会から動かなかったが、とうとう28年を経て1994年4月から同信会系の教会ではなかったが埼玉和光教会に抜擢され22年間奉職された。どういう訳か私は彼に見込まれてしまい、以前から彼の葬式の司式者としてご指名を受けている。つい最近、彼の湖山時代の記録、埼玉和光教会での記録などが送られてきた。彼の引退は妻和子さんの体調の事と、彼自身が心身共なる限界を感じられた故との事であるが、さすがに全身全霊を捧げ尽くしてきた牧会から身を引く事に深い寂しさがにじみ出る引っ越しの挨拶であった。彼は、去年逝った私の義兄井殿園牧師が入居していた、高崎市の聖公会・新生会が運営する老人施設のひとつであるマリヤ館に夫妻で入居された由。9月のポーランド・チェコの旅の主宰者でもあり、その時までにはすっかり元気になっていて欲しい。

 先週日曜日は年度最後の聖日でありイースターでもあった。恒例の軽井沢牧師司祭会主宰の合同イースター礼拝が、軽井沢教会を会場に開催された。軽井沢教会の古屋牧師はこの日を最後に東北教区宮城県の岩沼市の岩沼教会に転任された。赴任2年という短い期間ではあったが、上手に軽井沢教会の体制を整えての転任であったことを、合同礼拝に出てみて感じとれたことが嬉しかった。彼は幼児教育に情熱を傾けてきた方であったので、新任地では保育園の園長も兼任されるとのことで、さぞ水を得た魚のように自分の賜物を存分に発揮されることだろうと期待するのである。

 軽井沢聖パウロカトリック教会の司祭カルロス神父が、軽井沢での60年のお務めを終えられ故国コロンビアに帰られた。軽井沢の顔とまで言われ、この地に溶け込んだ伝道者であり敬服の一言である。本当に御苦労様と労いたい。後任として赴任された若い神父さんに先日お会いすることができた。軽井沢の宣教にも新しい息吹が吹き入れられることだろうと、期待を膨らませた主の復活日から始まる新年度の始まりでもあった。

 

2016.4.10「地の塩 世の光」

 

 私がこの追分教会に赴任した2002年春に、NPO法人小諸いずみ会「いのちの家」が小諸市御影新田に竣工した。私も分区の教職たちと共に式に参列した。これはカルト宗教(主に統一原理)からの脱会者やその家族の宿泊カウンセリング施設で、この種の施設は世界でも2番目のものといわれていた。所長は谷村教会を辞した川崎経子牧師で、そこに住み込み実にきめ細やかな対応を幅広くされていた。彼女は統一原理問題では右に出る人はいないと言われた傑物であった。運営は地元の有志牧師・信徒によりなされていた。私も岩村田教会や小諸教会と同じく施設に近い教会の牧師として、翌年から理事会の会計監事として運営委員会に出席し、印刷物発送や草刈りなどの奉仕に教会員とともに参加してきた。3年前の秋に所長の川崎経子先生が急逝されてから活動は停止していた。今春をもってNPO法人は解散し、立派な施設は引き取り手が無かったため更地にして地主に返還した。活動そのものは「いのちの家白河LETS」に合流して続けられている。私も引き続き理事を継続している。あいかわらず全国からの相談者は絶えず、小諸いのちの家の閉鎖にともない相談者数は急増しているとのことだ。現地では専任のスタッフが常駐して対応している。

 さて、今年2月に教団の「統一原理問題連絡会4教区合同研修会」が開催され、報告が4/9付けの教団新報に掲載された。日本聖公会の卓志雄司祭による「韓国に置けるキリスト系カルト集団の現状」という講演主題の研修なのだが、それによると韓国では既成の教団よりもカルト系教会が民衆の人気もあり受入れられているとのことであった。民衆は教理の正当性よりも、社会的に有意義な働きをしているか否かで判断をしているとのことだ。そして韓国だけでなく日本の宗教事情も似ていると指摘されている。私たちの教会が対外的に献金をささげている項目がある。3.11被災者支援等を除き、毎年予算は20万円だが決算はそれを大きく上回った。毎年クリスマスを中心に実に多くのキリスト教関係社会事業グループからの募金趣意書が送られてくる。できるだけ連帯の意を顕すために1件3.000円〜5.000円の寄付をしている。しかしとても全部には対応しきれないのが現状だ。それだけ幅広く多くの社会的働きがなされているのである。それにもかかわらずそれらの働きが「キリスト教会」の働きであると社会には認識されていないのが現状かもしれない。「あなたがたは地の塩〜世の光り」(マタイ5:13〜16)であるとの主の言葉の再吟味の時かも知れないと考えさせられた。

 

2016.4.17「主よ主よ」

 

 先週14日午後9時26分頃、またまた熊本県益城町で震度7という大地震が起

こった。その後15日にかけて大きな余震が起こり、福岡、大分でも震度6などの地震が頻発し、被害も次第に大規模なものとなってきている。気になるのは熊本地区内の教会の状況である。熊本地区には11の教団の教会がある。教団の公式サイトによると全壊するような被害はないが、部分的なダメージは相当出ている模様だ。また避難されている牧師一家もだいぶおられるとのことである。被災信者の方々への支援活動に入っている牧師たちもおられるとのこと。まだ頻繁に大きな地震が続いている、想像を絶する事態の只中に居続けなければならない人々はお気の毒だ。被災者は時間が経るに従って、次第にいろいろな困難に見舞われている不条理を嘆かれるようになるだろう。そのような人々に、私達はどう声をかけることができるのだろうか。いつも、このような大きな災害のただ中にある人々にむかって発する言葉を失ってしまうのだが、それでいいのだろうかとの自問自答は続く。

 先週の定例の聖書の学びはイザヤ書30章であった。アッシリアの脅威にエジプトとの同盟をもって生き延びようとするユダ王国の指導者の不信仰を糾弾するイザヤの預言である。天変地異と状況は全く違うが、大帝国アッシリアによる危機の前に置かれた時に、彼等は「主よ、主よ」と祈ってはいるが、ほんとうにエジプトに頼ることが主の御心であったのか、そうではないだろうとの預言者の指摘である。「主よ、主よ」と祈りながら、この世の論理でエジプトに頼ってしまうという背信行為、その結果亡国の憂き目にあった民に、イザヤは主の言葉を告げる。「それゆえ、主は恵みを与えようとしてあなたたちを待ち、それゆえ、主は憐れみを与えようとして立ち上がられる。まことに、主は正義の神。なんと幸いなことか、すべて主を待ち望む人は。」(イザヤ30:18)と。「主よ、主よ」と祈る以上、じっと主のみ心が示されるまで待つという信仰の姿勢を保ち続けたいものである。そのように主によって生かされるということが生起するならば、大きな困難、苦しみ、悲しみに見舞われた人々に真の慰めの言葉かけをすることが出来るのではないだろうか。

 

2016.4.24「最も小さい者であれ」

 

 最初の震度7の熊本地震から早くも10日が経つ。時が経つにつれ今回の地震のメカニズムが明かされていく。それによると日本各地、どこでもいつでも大地震が起きてもおかしくない、ここは絶対安全という場所は無い。だから少なくともいざという時の備えをしておかなければと危機意識が高められている。一方被災地では大雨によるダブルパンチにみまわれ、本当にお気の毒なことである。全国からの様々な支援の手が尽くされていることも報道され始め、心強い限りである。タイのスラムの子どもたちの支援団体であるドアン・プラティープ財団からも日本の支援者へお見舞いの言葉が寄せられているが、全世界が心をいため祈っていてくれている。若い子どもたちが支援の募金にいち早く街頭にたっている姿にも勇気づけられる。泥に埋まった犠牲者の捜索にあたる消防や自衛隊員たちには頭が下がる想いである。それに比べて日本の政治のトップたちの言動には怒りが湧いて来る。安倍首相の要請により沖縄駐留米軍のオスプレイ新型輸送機が使用されたとの報道があった。自衛隊のヘリコプターだけでも充分なはずなのに、何故オスプレイなのかといぶかったのは私だけではないだろう。日本は2015年度以後14機の順次導入を予定しており、ユニットにして全部で3,600億円ともいわれている。震災をチャンスととらえて国民にいい印象を植え付けようとする震災便乗型ビジネス手法が見え見えで、被災者一人一人への心遣いなど伝わって来ない。ほんの近くにある川内原発も絶対に安全だと稼働させ続けている。つい先だって経験した福島第二原発事故で安全神話が崩壊しているにも拘らずだ。安倍首相は消費税アップを「福祉目的税」と強調して位置づけてきたが、夏の参院選を睨んで先送りしようとしている。消費税増には反対だが、本当に福祉目的なら是非断行して欲しいと思う。「福祉」とは、最も弱く貧しい一人一人を一番大切にするという事が根底におかれて、初めて成り立つ思想であるはずだ。政局を睨んでの先送りには、そんな殊勝さは微塵も無いと言わざるを得ない。

 それはそうとして、今回被災者や被災教会へ飛んで行けない自分自身へのもどかしさを覚えるし、相変わらず即座に行動を起こせない我が教団の体質も気になるところである。「キリスト教会」は、この世では洋の東西南北を問わず、戦争や災害において一番最後にまわされるか、切り捨てられてしまう「最も小さい者」を大切にし、中心に置くことを何度も説いた主イエスに従う者であることを忘れてはいけないと肝に命じたい。

 

2016.5.8「霊験あらたかな教会」

 

 復活節節第6主日の5月1日、当教会の年間通して11回の音楽礼拝(礼拝コンサート)の第一回目の春の伝道賛美礼拝が坂戸真美姉の奏楽によって持たれた。坂戸姉は前奏、後奏、間奏曲、栄光顕彰曲のすべてをJ.S.Bach(1685〜1750) の曲で構成して下さり、感謝。とういうのも、この教会の設立の精神とオルガン設置に、そのことが大きな意味をもっているからであります。

 「風」は当教会の合い言葉ともなっています。教会の季刊誌は「風がなるとき」と命名され、創立10周年、20周年記念誌のタイトルも「風がなるとき」としています。この教会の場所は故稲垣守臣師(2013/3逝去)が牧師引退後の住居探しで選んだ土地でありますが、この土地選びにあたっては、清閑な林の中を通り抜けていく「風の精霊」に触れたことが決定的な動機となったようであります。 そのときの情景は創立10周年記念誌冒頭の絵本に詳しく記してあります。

 さて、今年の聖霊降臨日は来週でありますが、この「聖霊」という言葉は、聖書の原語のヘブル語では「ルーアハ」で、「風」や「息」をも意味しています。旧約聖書では実に多様に使用されている言葉ですが、いずれも神に起因する生命力、被造物に対する神の働きを意味し、神を離れて独立した存在ではないということです。例えば創世記の人間創造の場面で「主なる神は土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。」(2:7)と書かれています。教会のオルガンは礼拝堂の正面の講壇の中央にデカっと鎮座しています。中心は十字架ではなく、キリスト像でもなく、説教台でもない、何故オルガンなのでしょうか。その理由はオルガンの構造にあったのです。オルガンはパイプに「風」を送り、その「風」によって笛が鳴り音楽を奏でます。そこには「神の息」がオルガンの旋律を奏でる、つまり神の命が美しい旋律となって人の心の奥深くまで行きわたり、真の人として「生きるもの」としてくれるからです。

 追分教会は、その自然環境と礼拝堂環境があいまって「霊験あらたかな」空間(エデンの園)であることを目指しています。しかしながら隙があると悪霊が吹き荒れ多くの方々が傷つくこともあります。悪霊をことごとく撃退した主イエスを見失うと私達はひとたまりもありません。オルガンの響きに、昇天の主から送られる、主ご自身ともいえる「真理の霊」を祈り求め続けましょう。

 

2016.5.15「一人の命を大切に」

 

 グローバル化された世界では、国境を超えたテロによる大量無差別殺戮と、その報復による大量無差別殺戮という戦争が繰り広げられている。人間「一人の命」のなんとはかないことか。国内にあっても様々な殺人事件が多発している。社会全体のシステムにおいても、一人の人間の存在価値の低下は甚だしい。それにも拘らず「人の命の尊さ」は叫ばれている。これを否定する者はいないだろう。何故なのだろう?

 本日は「聖霊降臨記念日」だ。聖書の原典語ギリシャ語では「ペンテコステ」と呼ばれている。主の復活日から数えて50日目に当たるからである。主イエスは十字架刑の前に弟子たちに約束した。やがて天に昇り、父なる神からの「弁護者」であり「真理の霊」をあなた方に遣わそうと。それはあなた方と永遠に一緒にいるためであると約束している(ヨハネ福音書14:16)。聖書で「霊」は「神の命」そのものなのだ。創世記2章における人間創造では、「神の息」によって人は「生きる者となった」のである。「人の命」が何故それほどまでに尊いかということの理由がそこにある。他の動植物の生態系における命とは、根本的に異なった命にいかされているのが人間だからだと思う。そして神は御自分の命を人にプレゼントする時に、全ての人に同じ命をプレゼントしたのではない。みんなにそれぞれ違った「命」をプレゼントしてくださっているのだ。「自分」だけに与えられているプレゼント、それは個性をあらわす「命」なのだ。だからこそ掛け替えのない「命」なのだ。しかし、人はその命を大切にしなかった。神の創造の秩序を乱し、人間の側からその恵みを破棄してきた歴史が、旧約聖書だと思う。ペンテコステは、主イエスによる神の恵みの確認と再授与の新しい約束なのだ。

 日本国憲法の根本精神には「一人の命」の尊さがみなぎっている。憲法前文で主権が国民にあり、この主権を国政が侵すことを厳に戒め、そのためには政府は戦争の戦渦が起こることがないようにせよとしている。第2章では「戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認」。そして第3章に一連の人権条項が続いているのである。13条では「すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と謳われ、人間一人の命の尊さが強調されている。したがって、ほんとうに「一人の命」の尊さを確保していくためには、先ずは我々一人一人が尊い「自分の命」を自覚して確保せねば始まらないのである。この世で「人の命」を最も尊いものにしてくれるのが一人一人への「聖霊降臨」によるのである(使徒言行録2:3)。

 

2016.5.22「米大統領広島訪問騒動」

 

今月27日に日本で開催される伊勢志摩サミット出席に合わせてオバマ米国大統領が被爆地広島訪問することについて、様々な評価、日本側からのいろいろな要求や期待が語られ、米国でもこれは道義的責任だ、いや謝罪を意味しない等の様々な議論が行き交って大騒動となっている。

 私は率直に言って、原爆投下を謝罪すべきだと思っている。いや広島長崎の原爆投下だけではない、沖縄戦をはじめ日本各地に行った無差別空爆も謝って欲しいのだ。それに朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争等々、つまり戦争そのものを悔い改めてもらいたいと思うのだ。戦争は多くの人々の命を奪うからだ。そうでないと、現在の沖縄における辺野古での強力な軍事基地建設を止めさせることは出来ないからだ。勿論我が日本(政府)も南京大虐殺や真珠湾奇襲攻撃など、侵略した近隣諸国だけにではなく、世界と日本国民に向かって戦争責任の懺悔を表明すべきことは言うまでもない。何故そう思うかというと、私たちキリスト者にとってそれは神の戒めであるからだ。BC1290年頃だがモーセが神から授かった十戒の第六戒に「殺してはならない」とある。殺人が最も重い罪に当たることは、人類普遍の原理とされてきた所以でもあろう。その原理は国家についても該当することは、我が国の現行憲法(特に戦争放棄と一切の軍隊を持たないという9条)が物語っているところである。 BC747に召命を受けた預言者イザヤは終末の平和の幻を語っている。「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし  槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず もはや戦うことを学ばない。」(イザヤ書2:4)と預言している。その預言を具現化しているから、我が国の憲法は「平和憲法」と言われているのである。

 それにしても、アメリカ大統領に、我が国と同じように戦争責任の懺悔をせよとはあまりにも傲慢ではと思われるかも知れないが、それについてはちゃんと根拠を持っているのである。それはクリスチャンにとっては決定的なことだからだ。イエス・キリストスご自身である。「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』(レビ19:18)と命じられている。しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。」(マタイ5:44)である。

 この世の人の命の尊さは、イエス・キリストの十字架が、御自分を憎み殺す者たちすべての救いを実現するための神の愛の行為であり、そこに「永遠の命」に通じる道が敷かれたと信じるからである。

 国の安全保障もこのような普遍的価値観に根ざさないと、レイシズム(民族主義や国粋主義)に陥らざるを得ないのだ。

 

2016.5.29「みんな仲良くしようよ」

 

 5月11日(土)の軽井沢9条の会例会では、元三重大学憲法学教授をされていた追分在住の坂東行和さんを講師にお迎えして、講演をしていただいた。私はお葬式があったため出席出来なかったのだが、その要旨が本日お配りしている会報誌「輝く9条」に掲載されている。

 彼は日本国憲法の大黒柱は、第13条の「個人の尊重」であると主張されている。先週の天声JINGOで私は神の御心であるモーセの十戒の『殺してはならない』挙げて、神に創造され愛されている一人の人の命の尊さの具現化が憲法9条にあると言った。坂東さんは更にこれを具現化しようとしている憲法第3章に規定されている一連の「国民の権利及び義務」条項にも触れられている。特に第11条「基本的人権は侵す事の出来ない永久の権利である」を挙げて、自民党の出した「日本国憲法改正草案」よると、現政権下でいかにこれが危機的状況にあるかを指摘されている。

 また、先週26日には、報道ステーションでおなじみの若き憲法学者木村草太さんの講演会が佐久交流センターであり聴きに行った。講演題は「憲法と安保法制」であった。彼は徹底した「法理」の立場と彼の豊富な情報収集能力をフルに生かし、小気味よい口調と切り口で、「集団的自衛権」の容認や「安保法制」がいかに法理上無意味なものであるかを分かりやすく説かれていた。彼の目の先は、彼の著書『憲法の創造力』に明確に記されている。それは憲法の原理を理解した上で、そこからいかに創造力を働かせて、より良き国家・社会のルールを「創造」していくかという実に未来志向である。その点に共感を覚えた。

 お二人に共通していることは、現行日本国憲法を普遍的原理に基づいたものとして押さえていることである。お二人は法理に基づいた立場からであるが、私達はキリスト教信仰から、その「普遍的原理」の源として信じる創造主の言葉に依るという立場で一致していると思うのである。 

 「自分を大切に思うなら、他の人も大切にしようよ、そして人類みな兄弟になろうよ。」という、ごくごく素朴で単純な思いが基盤になっている憲法なのだと、まとめさせてもらっていいでしょうかね。

 

2016.6.5「スピード」

 

 南信地区喬木教会から嘆願署名趣意書が届いた。リニア新幹線のルート上に4年前に新築した牧師館があり、どうやら牧師館だけの立ち退きを迫られているようである。趣意書は牧師館と会堂が離れることへの危惧から、会堂も含めての移転措置をとって欲しいというもので、村・県・JR東海へ嘆願している。教会の願いはもっともと思うし、署名に協力は惜しまない。しかし一方において自然破壊や生態系への影響調査が不十分な事や残土処分場問題など課題を多く残したまま見切り発車されているだけに、犠牲にされる地元住民も多いのではないかと懸念される。喬木教会は地元の人々へどのように眼を向けているのだろうか気になるところである。それ以上に私は、国家プロジェクトとしてそんなに急いで大金をはたいてスピード化(東京〜大阪間を時速500�)する必要があるのかと思う。「スピード化」は確かに魅力的である。私はよく京都や岡山に行くが、もう在来線を使うことは無い。新幹線を乗り継いでいくのが普通となっている。国内移動では飛行機ももう特別ではない。リニア新幹線は2027年開通予定なので、近い将来普通の交通機関となって、だれもが疑問なく利用する時代となるだろう。だがスピード化は、旅の味気なさも加速していく。車窓からの眺望は防音壁やトンネルに多くを損なわれていく。旅の途中、長時間誰れとも会話しないことが普通になっている。そのように「自然」とも「人間」とも隔絶されていく、そんな砂漠のような世界が限りなく広がっていくのも確実であろう。総工費は10兆円ともいわれている。スピード化はそれだけ経済効果大ということだ。それは「大きさ」や「数の多さ」という、この世的価値観と深く結びついているのである。無批判的にどっぷりと漬かっていると、人間としてとても大切なものをどんどん見失ってしまうだろう。現政府の長がどのような嘘を国民に言い続けても、数々の憲法違反を犯しても、弱者・少数者切り捨て政策を施行しても、国民の支持率を上げている現実。そこには御上には面と向かって逆らえない、長い物には巻かれろ式の習性が身に付いている弱く貧しき庶民の姿がある。そして罪もない庶民までも、それ以上に弱く貧しい最底辺の人々を犠牲にする罪に巻き込まれているのである。スピード化を求め、受入れる我々人間の罪の根深さに、ぞっとして鳥肌が立つ思いである。 

 “来れ聖霊、主よ救い給え

 

2016.6.19「難解でも聖書は聖書」

 

 現在金曜日午後1時半から1時間ほどの「聖書を学ぶ会」では旧約聖書のイザヤ書を読みあわせている。時代はB.C.701年頃で、北王国イスラエルが滅亡し、指導者たちのバビロニア捕囚直後の南王国ユダ(ヒゼキア王)のエルサレムが舞台。故に当時の人々の名前や地名がカタカナで頻繁に出てくるので文字面を読むだけでも大変な上に、当時の歴史も知らなければならないし、膨大な話の前後関係も知らないと途中の一章を読んだだけではなんのことやらチンプンカンプンである。しかしそこは聖書である。信仰の話の書物なので、チンプンカンプンの中にもメッセージを聞き取ることが出来るのである。ちなみに先週は37章を5人で輪読し私が概要を説明して一つのメッセージ受け止めることができた。

 アッシリア帝国がユダの町々を制圧し、エルサレムのユダの王ヒゼキヤに使者を遣わして降伏を促す。使者の将軍はヒゼキヤ王の信仰の無力をなじり、屈辱的な降伏への数々の言動を浴びせるのであるが、それを聞いた王のとった行動は「衣を裂き、粗布を身にまとって主の神殿に行った。」そして予言者イザヤに使いを出し「今日は苦しみと、懲らしめと、辱めの日、胎児は産道に達したが、これを産み出す力がない。〜ここに残っている者のために祈ってほしい。」と懇願したのである。衣を裂き、粗布をまとったとあるが、王ならぬ乞食の姿で主の前に歩み出る姿は、今日我々礼拝者の心して見るべき姿であると思う。礼拝に集う我々はそこまで自分を低くして礼拝堂に来ているだろうか。先週賛美礼拝開始直前の会堂の中は雑談で湧いていた。たまらず司会者が「お静かに」と注意を促していた。少なくとも礼拝開始30分前からは静寂を保ちたいものだ。次にヒゼキヤ王がイザヤに、“私には赤子を産み落とせる力がない”といった心境は、王として難局を乗り越える力も、主に頼り切る信仰の力も無いという自己認識ではないだろうか。かねてからイザヤはエジプトとの同盟には反対していた。そのイザヤに祈って欲しいと助けを求める王の姿はまことに惨めな姿である。そこまで粉々に自らが打ち砕かれた礼拝者に主は応えて下さるのだ。イザヤはそんな王に主の言葉を告げる、“主はアッシリアの王たちを引き揚げさせるから心配するな。そして彼らに荒らされた土地は豊かに実りを得る土地に回復される”と。事実そうなった。この章のワンポインメッセージは、ヒゼキヤ王にみられた礼拝者の姿に見習おうであった。舛添さんにもそんな信仰があったらよかったのに。なんちゃって他人事ではないですよね。

 

2016.6.26「十字架の主の姿が

 

「ふるさと納税」制度による寄付が全国的に広がっているようだ。最近の調査によると、市町村によっては地元の名産品などを寄付者に贈り返しているのだが、相当の規模のものまで贈られていると報道されていた。私は何かがおかしいと思っていたが、案の定批判も出始めている。私は2011年2月に教区長野南地区の沖縄ツアーに参加した時から、名護市への「ふるさと納税」を同行したメンバーと共にするようになった。勿論普天間飛行場の辺野古への移転反対をしている同市への支援の意思表示であった。驚いたことは神学部の後輩であり沖縄市在住で老人福祉の仕事をしている友寄隆雄君が、「ふるさと納税」者のリストを見て目ざとく私の名をみつけ、お礼の電話をかけてくれたことだ。沖縄の方々の本土の人々へ寄せる熱い期待の程を感じさせられたことであった。それに比べて普段はほとんど沖縄のことを忘れている自分が恥ずかしく感じたのも事実であった。

 6月23日は沖縄戦で犠牲になった24万人以上の人々(沖縄の住人の4人に一人の12万人を含むすべての犠牲者)を追悼する71年目の「慰霊の日」の式典のテレビの実況を見た。その中で金武小学校6年生の仲間里咲さんの自作の詩「平和ぬ世界どう大切」(ふい〜わぬしけ〜どうて〜しち)の朗読に心打たれた。今年も鳴き始めた命の短い蟬の合唱に、犠牲者の魂の叫びを重ね合わせた詩であった。朗読といっても一度も原稿に目を落とさず、顔を真直ぐ前に向けたままの姿勢での暗唱であった。詩は「私は思う 戦没者の悲しみを泣き叫ぶ蝉の声ではなく 平和を願い鳴き続けている蝉の声だと。」と結ばれていた。翁長知事のメッセ−は、何度となく表明されてきた内容の再確認であったが、日本全土と世界に向けて、71年間負わされてきた不条理な犠牲からの沖縄の呻きが、小学生のうたった蝉の声に同調していたと思う。それに比べて安部総理のあいさつの言葉には、あの蝉の声に同調する響は微塵も感じなかったのは私だけだろうか。

 戦争をまったく知らないはずの現代っ子である小6の少女が、かくの如き平和への感性を身につけているのは、沖縄が未だに十字架の重さ、辛さ、悲しさなどの不条理を背負いつづけているからに他ならないと教えられた次第である。

 そこには確かに「山上の幸いの教え」(マタイ5:1〜12)を述べられている主イェスの姿が伴われていたと思うのであった。

 

2016.7.3「一番偉い人」

 

 表題は「花の日・子どもに日」に、子ども向けの宣教題である。今の子どもたちにこう尋ねるとどういう返事なのだろうか。「将来どんな人になりたい?」と尋ねたら、かつて園児の男の子が「サラリーマン」と答えたのでびっくりしたことがある。今日ならアイドルの芸能人か、有名なアスリートだろうか。私の幼少の頃は、男の子ならリビングストンやシュバイツアーが、女の子ならマザーテレサやヘレンケラーが主流であった。しかし頭にこびりついているのは「末は大将か大臣か」とう言葉である。戦後軍隊はなくなったので、「大将」という言葉は死語となったようだが、政治家や大企業家などの間では依然としてヒエラルキー(階層)社会が存在している。だから「大臣」「社長」などは偉い人の上位にランキングされているだろうと思う。

 「花の日・こどもの日賛美礼拝」での聖書はマルコ9章33〜37。イェスの12弟子たちが弟子としてのランク付けをする議論をしていたそうだ。今日我々の教会(教団)においても上昇志向の御仁が多くて困ったものだが、もうすでに主の生存中12弟子たちでそうだったことが知れる。主はそんな弟子たちに「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい。」(35節)と言われて、一人の子どもを弟子集団の真ん中に立たせて、このような子どもを受入れることが私を受入れることであり、主なる神を受入れることなのだと諭され、そこに神の国の姿があり、福音の核があることを示されています。

 来週10日は参議院選挙日です。候補者は口をそろえて身を粉にして国民に仕えることを強調しています。しかし当選した議員たちの中の多く、特に政権党の議員たちには国民を馬鹿にした横柄な言動が目立ちます。現在「子どもの貧困」が社会問題化されていますが、まさに子どもを中心に置くという福音に反した事態であります。先月沖縄の「慰霊の日」に安倍総理も出席してお言葉を述べましたが、沖縄県民の心情をすこしも汲み取っていないどころか、小さく、弱く、貧しい故に味わねばならない沖縄県民の呻きを黙殺し、むしろ逆なでする施策をごり押ししています。これらはこの世の社会的現実問題であっても、主イェスの福音に反する(子どもを中心から締め出す)ものであるなら、その罪を指摘し共に悔い改めていくことが、宣教する教会(すべての人に仕える)の姿でありたいと祈り求めます。

 

2016.7.10「自己改革の場」

 

 牧師にとって自分の牧する教会内での人間的ごたごたが、一番身にこたえることは48年間の牧会生活でいやというほど知らされてきたことである。信者同士の喧嘩である。その結果だれかが犠牲になって教会を去ってしまう。そうなる前に牧師に相談してもらえなかったのかと悔やむことは絶えない。牧師に余計な心配をかけたくないとの弁明は、どの教会でも使われる言い訳である。結果だけを知らされて「はいおさらば」では、おちょくられたかと頭に来てついやけ酒となることしばしばである。牧者はなんといっても勝負は説教(プリーチ)である。毎週48年間説教作りに苦しみ続けてきた者にとって、今の時代に、会衆に届く生きた主のメッセージを聖書から聴き取り伝えることの難しさは、駆け出しの伝道師時代も48年目の今も変わらない。「罪の告白」と「赦しの恵」である「洗礼」と「聖餐」の受領(主の聖餐は、儀式のみでなく、毎回の説教において備えらえている)は、自ずと隣人への赦しと奉仕へと押し出してくれるはずなのにと思うと、教会内の人間的ゴタゴタは私のプリーチャーとしての資質が全くなかったようなショックを受けるのだ。

 先週北信分区牧師会で、「献金の祈り」が話題となった。礼拝の中で献金当番がする「祈祷」である。発題者は「祈祷文」を作成してそれを読むようにしたとの話であった。当教会も前年からいくつか祈祷文を作成して、それを軸にして献身の思いを簡単明瞭に祈ることを心がけている。発題後の自由な話し合いの中でみなが共通して頷いたことは、当番の祈祷が説教のまとめになっていて、しかも説教者が意図していなかったようにまとめられるということであった。それはとりもなおさず、メッセージの趣旨が受け取る側には違ったように伝わったということをも意味しているのではないだろうか。そこには受け取る側の身勝手さによる場合もあるが、プリーチャーとしての未熟さをも突き付けられているということであろう。主ご自身が説教者の意図を超えて一人一人に語られているという側面が多々あると言われると、少しは救われるのだが。いずれにしても、キリスト者の特権があるとするならば、それは互いに素直に聖書に立ち戻って、そこで聴き祈ることであろう。危機的な状況に落ち入った時程、いかに互いに、しかも一緒に聖書に向き合えるかであろう。教会とはそのような自己改革(悔い改め)の場でありたい。

 

2016.7.17「衣の下の鎧」

 

 先週日曜日に参議院選挙があった。私はいかなる選挙でも、信じる神の意志に最も近い候補者を選ぶことにしている。では神の意志とはどうしたら分かるのかというと、それはやはり主イエスの教えに照らし合わせるしかない。主の教えの中でも最も中心的なものは「神の国」の姿だ。マルコ福音書では、「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」(10:14〜15)と言って、子供をつれてきた人々を叱った弟子たちに、主はなんと「憤って」言われている。「子供」に象徴されるように、小さい存在、貧しい存在、最も弱い立場の存在を受け入れるところに「神の国」の姿があるというメッセージなのだ。「神の国」は決して死んでからいく彼岸的なものではなく、この世に生かされている人々の間に実現するのが「神の国」なのだとマルコの教会は理解しているのだ。そのように「小さい一人」を大切にする社会を保証しているのが、「平和憲法」といわれている我が国の憲法の基調となっている一連の人権思想なのだ。まさに主イエスの言う「神の国」の姿をそこに求めたものだということができるだろう。

 自民党の大将である政権与党の現総理は、1999年に「周辺事態法」を、去年秋には“戦争法”といわれている「安保関連法案」を強行採決して憲法9条を骨抜きにし、自衛隊が海外で戦争できるようにしてしまった。そして次に整合性をもたせるために9条を廃止して、軍隊を創設するべく変えようとている。これこそが彼の目玉政策である事は明白である。にもかかわらず、今回の参院選の応援演説ではそのことはお首にも出さず、社会保障や景気回復のことばかりきれい事を並べ、改憲発議ができる3分の2の与党議席の獲得を実現させてしまったのである。案の定選挙が終わるやいなや早速改憲論議を始めようとしているではないか。まさに「衣の下の鎧」が最初から見え見えであったのに、予想以上に政権党が圧勝したのはどういことなのだろうか。私が投票した長野県の野党統一候補が与党候補に圧勝したことがせめてもの希望の細光であった。しかしそういう私たち「キリストのからだ」としての教会の姿はどうであろうか。小ささより大きさを、貧しさより富を、少なさより多くを求めてないだろうか。我が教団(教会)の宣教の実質が厳しく問われているように思う。

 

2016.7.24「出エジプトの民として」

 

 私の「部落差別」との直接の出会いは琴浦教会時代(1972〜)であったと記憶している。当時教団レベルでの部落差別を無くすための運動をしていた同志社神学校の先輩H牧師との出会いであった。彼が部落出身であること、彼の通っていた教会での被差別体験、彼の弟の結婚式に解放運動をしている自分が出席すれば、弟も部落出身であることが誰かに知れ、破談になりかねなかったので結婚式にも出られなかったことなど。今でもその時に「部落差別」の恐ろしい実態を聞いた時の衝撃は、ありありと忘れることが出来ない。だからといって私はすぐさま解放運動に拘ったわけではなかった。教区の社会部で時々開く研修会を企画したり参加したりする程度だった。1989年春に大津教会に転任してすぐに、当時彦根教会の牧師をしていたH牧師から教区の部落差別特設委員会に入ってくれと懇願された。委員を受諾した時から、本格的?な私の部落差別問題の勉強が始まった。今でもそうだが、京都教区の取り組みは、東海教区のような年一度の研修会(人間大学)で終わるものではなく、日常的な解放運動への取り組みが目指されていた。しかも地区(分区)単位での取り組みがベースになっていた。また地域の同和地区の方々との連帯した取り組みであったことにより、知的理解に止まらずに、生きた人間相互の理解が求められていたことが特徴的であった。私は2004年秋まで「教団落解放センター運営委員」を長くさせてもらったので、全国の同和問題の現実に触れることが出来ラッキーであった。その中で強く感じ続けていることがある。それは1871年(M.4)に明治維新政府が太政官布告として出した「解放令」により、法律・制度上での差別は無くなったものの、政府が実際に差別をなくすための施策を何一つとらなかったために、現実にはそのまま差別が残ってしまったということである。後に1922年(T.11)3月3日全国水平社創立大会において宣言されたいわゆる「水平社宣言」は、日本の民衆史上最初の「人権宣言」ともいわれている。『荊冠の神学』を著した栗林輝夫はその中で「これは日本の部落民にとっての“出エジプト”の解放宣言と言った方がよいと」言っている。しかしこの宣言から145年後の今も、彼らの「出エジプトの旅」はまだ終わっていないという事実を重く受け止めたい。現在「狭山裁判」の再審請求がなされているが、これは「出エジプトの民」のエリコの戦いだと感じている。これには絶対に打ち勝って共に「主の約束の地」に歩み出したいと願っている.

 

2016.9.4「出エジプトの民として」

 

 この夏も5回の礼拝コンサートと各種研修会などの受け入れを無事終え、早くも9月を迎えたが、先週の台風10号の爪痕は激しいものとなった。中でも岩手県岩泉町の高齢者グループホーム「楽ん楽ん」の建物が堤防の決壊によって浸水し9名のお年寄りが亡くなったという報道に接し愕然とした。そこは3.11大地震、津波、そして今回の洪水と踏んだり蹴ったりの自然の仕打ちに見舞われている。その地域には避難勧告は出ていなかったそうだ。また電話が通じなくなり、消防や警察にも救助要請ができなかったと報道されていた。私がこの報道で愕然としたのは、自然の大災害での犠牲者の多くが高齢者など社会的弱者であるという点である。今回の岩泉町自身もそうであるが、その中でも高齢者福祉施設が最も人里離れた場所、しかも危険な場所に何故設置されていたのかという問題である。不可抗力的自然災害の犠牲として片付けられない、深刻な問題が突きつけられていることを見逃してはならないと思う。手厚い介護の必要なお年寄りとその施設が、社会の外に追いやられている現実が見せつけられている事件だと思うのだが、間違っているだろうか。

 「子どもの貧困」問題でもそうであるが、社会的弱者の存在を生み出す社会は、イエス・キリストによって明らかに否定されてきた社会であることは論を待たないだろう。この世で最も小さい存在である子どもを受け入れ、人々の輪の中心に立てる社会、そこに主イエスを受け入れる信仰があり、神の国の姿があると共観福音書は口を揃えているからだ(マタイ18:1〜5、マルコ9:33〜37、ルカ9:46〜48)。しかしこの世はどうしても社会的弱者を生み出し、彼らはことあるごとに悲惨な犠牲を強いられている。世界のどこでも似たり寄ったりである。確かに犠牲者が多ければ多いほど世間は大きく報道し同情はするが、問題の根までは報道されていないのではないか。自然災害の場合は、誰しもの上に、都市部であっても田舎であっても、金持ちであっても貧乏人であっても平等に嵐は吹き荒れる。でもこの世で小さい存在こそを大切にする社会の構築が、本当になされているかどうかという視点は見失ってはならないだろう。相模原市津久井の高齢障害者施設「やまゆり園」で起こった殺人事件の犯人は「障碍者は人間ではない」と言っているそうだが、彼をしてそのように信じ込ませる要因が、我々社会の深層にあるのかないのか慎重に解明してほしい。

 

2016.9.11「息を合わせて」

 

 8月は毎年平和月間で、第一日曜は「平和聖日」とされている。聖書日課に沿った聖書から、8月の全ての聖日が何らかの平和メッセージを受けとめた宣教となった。お招きした奏楽者もその意図をくみ取り選曲され、宣教者と「息」を合わせて下さった。ただ神の「息」とも合っていたかどうは気がかりである。

 礼拝コンサート�では、広島女学院院長・学長の湊晶子先生からメセージを頂いた。私は礼拝後の感謝の言葉の中で、先生は東京女子大学学長時代から、私と波長の合う方であると申し上げた。今回も20分という時間的制約がある中、力強いメッセージであった。

 先生のメッセージの骨子は、ご自分の84年の人生は選択の連続であったが、その決断の基本は、生きる上で一番大切なことに立ち帰ること、それこそが正しい決断の方法であるというお話であった。それを幼少時代から何度も親しんできたルカ福音書10:38〜42に登場する『マルタとマリア姉妹の話』から説き起こして語られた。一般的には、マルタのようにあれやこれやと主を接待するために忙しく立ち振る舞うタイプを退け、主イエスにぴったりと寄り添い、しっかり主を見つめ一言も漏らすまいと耳を澄まして聴くマリア的生き方が推奨されている。しかし聖書は、マルタ的生き方における愛の行為(奉仕活動)自体を否定しているのではない。問題は彼女の生き方の中で、何を一番優先しているかが問われているというのである。マルタの間違いは、慌ただしい立ち振る舞いの中で、主との関係を疎かにし、主との関係が見えなくなっているところにあったのであると。人生の「最優先順位」は主との関係を見失わないことなのだ。初代教会はどんな迫害の中にあっても徹底して第一のものを第一のこととして主に仕えた。今年広島では71回目の原爆記念式を迎えた。戦争という大変な苦しみの中にあっても、第一のものを第一のものとし主に仕えてくる事ができた。私たちはマルタのように本質から離れ、第一のものが見えなくなる弱さを持っていることを自覚しなければならない。しかし、そんな私たちの命が尽きるまで、主はいつも「マルタ、マルタ」と名前を二度呼び、用いようとして下さることを覚えて励みたいと先生は結ばれた。

 先生と波長が合うと言っても、湊姉は戦前、戦中、戦後と信仰者として生き抜いてこられた方である。命の尽きるまでその意気で、息を合わせ生き続けて頂きたいと思った。

(DVD起こし:梶浦姉、要約:稲垣師)

2016.9.18「神さまそうでしょう?」

 

 8月28日(日)礼拝が終わり、後片付けを済ましてホッとしていたところに、北信分区長から元上田新参町教会牧師でありリードオルガン協会長であった、上田市在住の久世望引退牧師の訃報が入った。先生は悪性血管肉腫を患っていたのだ。

 8月24日(火)のユビラーテ奏楽者の会初日の朝、須坂教会員でありピアノ・オルガンの調律師でユビラーテの研修生でもある和久井輝夫兄が、研修会の会場作り来られていたのだが、リードオルガンの移動だけをして帰ってしまわれた。それは危篤状態の久世牧師に、牧師から修理を頼まれていたリードオルガンを、早急に直してお聞かせするためであったそうだ。私もその日の夜、牧師にお見舞いの手紙を書いた。8月5日に収録しておいた礼拝コンサートのDVDを同封して翌朝一番のメイル便でお送りした。先週9月4日の当教会の礼拝に和久井夫妻が出席され、オルガン修理が間に合い久世牧師のお嬢さんが音色を録音してお聞かせすることが出来たと伺いホッとした。私の手紙のことを尋ねたところ、その時ご自宅のポストに届いているのを見たとのことであった。多分ご家族が読み聞かせてさしあげたのではないかとのお話だった。牧師は密葬され、ご遺体は献体されたそうだ。記念会などについてはまだ未定である。

 実は私は、7月1日付で久世牧師から一枚のハガキを頂いていたので紹介しよう。私たちは毎月末に分区内の教会と引退牧師など宛に、ひと月分の当教会の週報を送っている。ハガキはお送りした6月分へのお礼状であった。抜粋すると、

「—24日に退院しました。完治したわけではありませんが、放射線治療を続けています。週報を見ています。見るのは礼拝、説教題、讃美歌です。感心しているのは“主の祈りの教会音楽祭訳”良い訳だと思います。それと讃美歌の選定が適切なこと。次に楽しみなのは天声JINGO、いつも名文で時のしるしを感じます。—」

大変なお褒めの言葉が満ちていて嬉しかった。

 久世牧師はかつて、故守臣牧師にとうとう一回もライルオルガンをいじらせてもらえなかったとこぼしておられた。父も罪なことをしたなと思うが、今回久世牧師が私へのほめ言葉を残してくださったので、久世牧師の天国入りは確実だと信じるのであった。

「神様そうでしょう?」アーメン。