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天声JINGO アーカイブ

2013年度4月〜

2013.4.7「夢をもつ祝福」

 

昨日新島学園中学校の入学式に参列した。孫娘の入学式だ。式はキリスト教主義学校らしく礼拝そのものだ。礼拝堂は大きなパイプオルガンがあり、聖書朗読と祈祷は宗教部長の小栗牧師、彼は私の追分教会の就任式にも来てくれた後輩だ。式辞は新任校長、理事長の挨拶、PTA会長の祝辞などが織り交ぜられていた。どなたのメッセージも新島譲に言及されていた、新島譲を記念した学校だから当たり前なのだが、彼は鎖国時代に国禁をおかして渡米し、神学をはじめ世界への見識を広め、キリスト教信仰に固く立ち、明治維新という日本の歴史の近代化への出発点において、官職を辞退して、日本百年の計は先ず教育にあると説き、教育は国策に縛られることのないように、市民による市民のための教育が不可欠との信念に立ち邁進した御仁である。キリスト教に溢れている人間観以外に人を造る道はないとの信念がその底に太く横たわっていることは言うまでも無いことである。それにしても「八重の桜」ブームを繁栄してか、新島の妻八重への言及もあり、それもご時勢かと思わされた。

若い男性のPTA会長のスピーチで印象深かったのは、新入生に「夢をもちなさい。そしてそれを語りなさい。そうすると実現へと向かうことが出来るから」と奨められていたことだ。私はこれを聞いていて、PTA会長が信仰者かどうか知らないが、「夢」が「信仰」と聞こえたのである。「さて、あなたがたは、キリストと共に復活させられたのですから、上にあるものを求めなさい。」(コロサイの信徒への手紙3:1)の「上にあるものを求めなさい」は信仰者の生き方としての「夢」であり、それを「語る」のは、「信仰告白」(ローマの信徒への手紙10:9)であり、そして「実現へと向かう」のは「救いへと向かう」ことだと、彼のスピーチの底にこのようなスピーチを確かに聞いたのであった。 

生憎の大荒れの天気予報通りの日和であり、帰りには風雨も強まり始めていたが、横川駅の満開の桜の祝福も受け、久々に爽やかな気分で帰ることが出来た。

 

2013.4.14「マタイによる福音書12章38〜42による瞑想」

 

 「先生、しるしを見せて下さい」(38節)。 これはイエスへの律法学者とファリサイ派の人々の要求である。律法学者とは律法を専門に研究し、解釈して民衆に教える教師。優秀な人は多くの弟子をもち、最高法院の議員などもしていた。ファリサイ派とはハスモン王朝時代に形成されたユダヤ教の一派。安息日や断食、施しを行うことや宗教的な清めを強調し、民衆に大きな影響力をもっていた。律法学者のほとんどはこの派に属していたようだ。彼らが求めた「しるし」とは言うまでもなくイエスが神の子であるという証拠のことである。ほんとうにイエスが神の子であるなら、彼らが待ちに待ったメシア(救い主)であるから、彼らはすべてを投げ打ってでも従うべき方なのだ。だから、彼らのように社会的地位や名誉などあればあるほど「しるし」を求めるのはうなずける。今手中にしているものをすべて賭けなければならないから慎重にならざるを得ないからだ。

 「ヨナのしるし」イエスの答えは、十字架から降りてみせるようなものではなく、「ヨナのしるし」の他にはないという。「ヨナのしるし」(旧約聖書ヨナ書)とは、主が予言者ヨナに巨悪の町ニネベに行って主の審判の言葉を告げよと命令したが、彼は背いて逃亡する。逃亡の航海中嵐に見舞われ、人々は主に背いた罪人がいるとし、くじでヨナが当たり彼は荒れ海に放り込まれる。海に放り込まれた彼は巨大魚に呑み込まれ三日三晩腹の中で苦しんだのち、主が行けと言われたニネベに打ち上げられ、やむなく主の審判の言葉を告げる。その結果、彼の意に反してニネベは悔い改めて亡びから救われる。しかしヨナは、ニネベへの主の憐れみに不満を持ちそれを主にぶつける。今までの自分の恐れと努力はなんだったのかと。主は抗議するヨナを炎天下から守ろうと“とうごまの木”を生えさせ影をつくるが、すぐにとうごまの木は枯れてしまう。ヨナはそのことにも激しく抗議をする。そこには人間は自分の狭い価値判断で世界に生起する出来事を不条理とし、神への信頼を拒絶するが、それは愚かなことであるとのメッセージがある。これはペルシャ時代のユダヤ人の信仰的成熟を示している。(新共同訳聖書辞典より)

 

2013.4.21「死んでも生きた交わりを」

 

「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。」

私たちの教会は今年7月で創立20周年を迎える若い教会でありますが、2年前から納骨堂を建設し兄弟姉妹の葬りに備えました。そして17ボックスがすでに登録され内9名の教会員やそのご親族の方が納骨されています(稲垣睦子姉・石田美郎兄・高見澤重弘兄・中山恒雄兄&雪子姉・平野義禮兄・古川芳兄・三井よし姉、村岡富士姉)。教会員すべてがこの納骨堂に入るわけではありませんが、普段の礼拝の場の近くにこのような施設があることは、いつも天上の友と一緒に礼拝をしている、一緒に讃美の歌声を上げている、一緒にアーメンと唱えているという意識を持つためには効果的だと思っています。昨年度は守臣師も含めて中山恒雄兄と茂木孝之兄が突然天に召され寂しい想いに満たされましたが、それにも拘らずいつも一緒に主の前に礼拝を献げているとの感覚は消えません。もっと以前に召され、ここには葬られておられない佐藤恵子姉、光島督兄、望月賢一郎牧師、堀多恵姉もそうです。この教会ではまだまだ生前親しくお交わりいだい兄弟姉妹なのでなおさら強く感じるのかもしれません。歴史の長い教会、たとえば私の伝道師時代の倉敷教会、その後赴任した緑野教会や大津教会でも多くの人々が納骨堂(墓地)に入られていました。毎年召天者記念礼拝には必ず納骨者名簿が配られましたので、数年いると200名前後の名簿であっても名前を自然に覚えるし、その方々の人となりも少しずつではあっても知ることができ、「キリストのからだ」である教会につながり、共に生かされている喜びに満たされるのですから不思議です。

 

2013.4.28「靖国集団参拝に想う」

 

故稲垣守臣師記念讃美礼拝・記念式が先週22日に行われ、156名もの方々がお集り下さり、亡き守臣師を偲ぶ事ができました。特に聖ヶ丘教会関係者、筑波学園教会関係者をはじめ、守臣師の学生時代、伝道師時代、副牧師時代からの繋がり、後輩牧師、また当教会は勿論のこと地域の方々など、守臣師が幅広い分野で良き影響力を持っていたことがしのばれ、参列者一同とても良い記念会だったとの評を得ました。

さて、キリスト教信仰における葬儀、記念会は日本社会一般の葬儀や法事という観念とは全く違うのであります。教会での葬儀は、なによりも神讃美であることを確認したいと思います。キリスト教の葬儀の意義を箇条書きにしますと、�故人を愛し生かしめた主、神を讃美する礼拝である。�完全なる永遠の命の世界に引き上げられ故に、故人への慰めとか供養の必要は全くない。�残された家族や友人知人への主の慰めと励ましを祈る場であります。ですから今回の記念式でもまず「記念讃美礼拝」を献げました。奏楽者である廣野嗣雄先生の選曲は前奏にバッハの「われ汝の御座の前に進みいで」、宣教の送奏曲はバッハの「フーガ変ホ長調」をもって天に凱旋する故人をイメージしながら明るく元気に満ちた曲、後奏には「もろびとよ、神感謝せよ」でありました。神讃美で始まり、神讃美で終わるのがキリスト教教会の葬儀であり記念式(記念会)であります。

今月23日に、国会議員168名が集団で「靖国神社」参拝をして国内外の物議をかもしている。「戦没者を英霊として祭る」ということは、死者を神として礼拝するという汎神論的信仰行為でありますから、キリスト信仰に反しています。また国のために戦没者を国家が記念するという行為を、一宗教である神社参拝という形に混同させていることが問題の根を深くしていると思います。死者を神として崇めるという信仰行為を公共の機関や公職の肩書きでなすのは明らかに憲法20条「信教の自由」権違反でありましょう。「靖国神社」は軍国主義と切り離しては考えられないことはその歴史において歴然としているわけですから、常にキリスト信仰における反戦平和主義の信仰的立場からも容認できるものではありません。「靖国神社国家護持法案」は1965年から1974年にかけて5度国会に上程されたがいずれも廃案になった経緯を忘れてはならないだろう。

 

2013.5.12「聖書の救いへの道程」

 

聖書は人類に救いの道程を示していると思う。ルカ福音書では、旧約聖書(モーセの律法と予言者の書と詩編)の実現としてイエス・キリストが顕示されている(ルカ24:44)。先週金曜日の聖書を学ぶ会では創世記22章の、アブラハムがイサクを焼き尽くす供えものとして主に差し出する物語を学んだ。主はアブラハムの信仰を見てイサクのかわりに雄羊を与えた。その後アブラハムを祝福して、あなたの子孫によって地上の諸国民は祝福を得る(創世記22:18)と確約している。こここでいわれている「子孫」とは、マタイ福音書1章1〜17の系図に明らかなように、イエス・キリストである。

本来、この世の場所や時間には全く制限されない「天」に属するキリストが限界のあるこの世に来られ生きて下さった出来事(神が我々と共におられる)がクリスマスであるなら、この世の限界を打ち破って再び天に昇られるということは、限界あるこの地と無限である天を結ぶために、つまり地上のすべての諸国民が祝福にあずかるためには必然の行動であったのだ。そこには、アダムとエバの失楽園以来断絶していた道が修復され、主のもとにいつでも自由に行き来できることを意味しているのだ。そして、そのための唯一の乗り物が「聖霊」ということが出来る。イエス・キリストはその乗り物である「聖霊」を贈ることを約束されている(ルカ24:49)。

 さて、そのようにして諸国民に用意されている「祝福」とはどのようなものだろうか。しかも自分一人の「救い」ではない。諸国民の間で共有できる「祝福」であるはずだ。 昨今活発に活動しだした「在特会」の非道が社会問題化されている。「在特会」とは「在日韓国・朝鮮人が特権をもち、日本社会の脅威になっている」とし、ネットや街頭で在日の人たちにゴキブリとか死ねとかいうヘイトスピーチ(憎悪発言)をエスカレートさせている。ここにはいささかも「祝福」はない。主が共におられない状態だと言える。また、猪瀬東京都知事が五輪招致を競っているトルコを侮辱する発言をして物議をかもしているが、そんな意識の中にも「祝福」ではなく「憎悪」へのプロセスしかない。安倍総理の一連の歴史認識発言でも同様である。それでは、イエス・キリストを主と仰ぎ、主と共にあろうとするために「聖霊」を祈り求めている私たちはどうだろう。

 

2013.5.19「今は聖霊の時代」

 

人々は、開拓時代には心を一つにしてまとまり、目覚ましい発展を遂げるが、やがてその発展の故に人心はばらばらになり、その世界は崩壊していく。旧約聖書の出発点はそこからである。「バベルの塔」物語だ(創世記11章1〜9)。物語によれば、混乱の結果民の言葉が通じ合わなくなって、一致どころかばらばらになって地に散らされたとある。

現在の世界も然り。それぞれの国々、民々が勝手なことを言い合っていがみ合い破壊と殺し合いをしている。我が日本でもそうだ。平和(人間を大切にすること)よりも拝金主義が唯一の価値基準にされ、今までにない規模の国家的借金(際限なき国債の発行)により景気回復の幻を描き、広島、長崎の被爆、直近の福島第一原発事故でさえ忘れ去り、原発立国をめざし、戦争が出来る国家が普通の国家だとして改憲を目論んでいる。いまぞろ「さあ、天にまで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう」と言っているように思える。そこには拝金主義のみならず独りよがりの民族主義がセットになっている。そのことは今の政治の指導者たちの口から出る言葉に、弱者切り捨て政策、女性差別、他民族侮蔑という奢り高ぶりが自然に漏れ出て、物議を醸す始末に顕著であろう。そのように全く為政者と国民、国民同士も言葉が通じ合わない事態へとこの国も「バベルの塔」崩壊への道をまっしぐらなのだ。

「聖霊降臨」の目的は、実はこの言葉の混乱の統一なのだ。聖霊降臨の時「一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。」(使徒言行録2章4)と聖書に証言されている。それは今自分の話している言葉が、民族や国を超えて、世界中に理解されるような言葉を話せるようにされたということなのだ。我々キリスト教信者の間でさえ言葉が全く通じない状態は日常茶飯事ではないだろうか。「聖霊」の助けがなければ、わたしたちはバラバラのバベル(混乱)状態から決して脱却できないことを心に銘記したい。最後に一言、日本国憲法の前文の理想と、9条の完全なる戦争放棄条項こそ、世界中に通じる言葉であることを私は信じて疑わない。

 

2013.5.26「幼子のような者へ」

 

マタイによる福音書 11:25〜30

イエスの思想の素晴らしさは、なんと言っても幼子的存在を受入れることを基盤としていることであります。 同書18章では天の国で一番偉い人は、無力で、数に入れられない無価値な存在である小さい子供のような者だと言っています。キリスト教の人間観の土台がここにあるのです。私たちの社会の質は、一人の人間をどれだけ尊重しているかで推し量ることが出来ます。主イエスは、一という最小単位中でも最も小さく、最も弱い立場の人間を尊重して中心に立てる社会を「天の国」と言っているのであります。その意味では私たち日本の社会の姿は、平和憲法の平和主義と人権思想により、人類の歴史の中でもたぐいまれな良質なものということが出来ます。なんでも一番が好きな日本人にとってはこんな素晴らしいことは他にないのではないでしょうか。

しかしながら、私たち日本の現実は全く異なります。「拝金主義」が最も崇高な価値観となっているからです。 2011年3月11日の東日本大震災被災への政府の復興政策においても、被災者一人一人へ寄り添う救済につながっていないばかりか、切り捨てている状態であることは論を待たないと思います。福島第2原発事故処理においても被災者の命と健康よりも経済優先の線量の線引きであったことなどが明らかにされてきていますし、原子力依存行政は強化されようとしています。

人権尊重と言いながら実は差別者の先頭に立っている指導者がいます。トピックス的に言いえば、昨今の大阪市長の「慰安婦発言」は、一人の小さくされた人々への冒涜以外の何物でもないでしょう。自分自身が差別者であるとは理解し得ない傲慢な為政者の姿であると思います。しかも彼への大物同調者も沢山います。そんな彼らがなんだかんだといわれながらも選ばれ続けているのは何故なんでしょうか。彼らは時代の落し子だからだと思います。それほど今の時代が堕落仕切ってしまったということなのかも知れません。その時代とは拝金主義でありましょう。そしてその構造としての競争社会、つまり「市場原理主義社会」であると思います。そこでは何ごとも自己責任で片付けてしまう社会です。弱き小さい一人を大切にするなどとんでもない社会です。そんな時代の真只中に遣わされ、「最も小さい子供のようなもの」を中心に置く天の国の到来を告げる使命を負っているのが私たち「主の教会」なのです。

 

2013.6.2「悔い改めよ」

 

先月13日普天間飛行場で、米司令官に、橋下徹大阪市長がもっと「風俗業」を活用せよと進言したことから始まり、「従軍慰安婦問題」をめぐる持論を発言したことの波紋が世界中に広がり、とうとう国連の人権機関が、日本政府の適切な対応を強く求めるまでに至っている。追分在住の憲法学者坂東行和さんは、橋下市長についてかねがね彼については論じるに値もしないと嘆いておられたが、そんな彼が大都市の知事であったり、市長であったりするのは何故なのか。世界中から非難の声があがるほど、ひどい人権侵害発言であることを日本国民は自覚せねばならないと思うのであるが、大阪市議会は彼への問責決議案を否決したと報道されていた。どうも為政者たちにはそのような自覚は全くないようである。そして誤解を与えてしまったという反省の弁はあっても、自分が間違っていたという認識はさらさらないようなのである。そのような人間がリーダーとして容認されるだけでなくもてはやされる社会には底知れない不安を感ぜざるを得ないのであります。

それは「悔い改め」という視点が全く見られないことの恐ろしさであります。使徒パウロはギリシャのアテネで、哲人たちを相手に神について論じ、かれらを「悔い改め」に導こうとして失敗しています(使徒言行録17:16〜)。

それは彼が真の神を知っているから、それを知らない者に教えてあげようという、上からの姿勢が災いしたのだと思います。後に彼は、かつて自分は知識、論理、話術などで説き伏せようとしていて失敗したことから「イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていたからだ(一コリ2:1〜2)と言っています。ここにおけるパウロ〈悔い改め〉は、単なる反省や取り繕いではなく、「過去の悪しき歩みを捨て、新しい歩みへと立ち戻る」ことであったのです。パウロの「過去の悪しき歩み」とは、自分の知識、自分の努力による歩みであり、「新しい歩み」とはキリストだけに聞き従うことでありました。「悔い改め」は一信仰者の内面の問題に留まりませせん。民族の集団的悔い改めまで含んでいるのが特長です(エゼキエル書18:30〜32)。まさに日本の過去の歴史における「罪の悔い改め」としての「平和憲法」をないがしろにしようという政治的目論みを抱いているのも、先に挙げた「悔い改め」なき為政者たちであることということも頷けるのではないだろうか。

 

2013.6.17「人類普遍の原理」

 

信濃毎日新聞の「考」で知られる主筆中馬清福さんが、今年2月16日小諸九条の会8周年記念の会で講演をされた。私はひと目中馬さんのお顔を見たいと出かけて行った。その折にお顔を拝むどころか直接お会いでき、軽井沢九条会にお招きしたいとお願いしたところ快く承諾して下さった。氏は今まで一般の講演会には応じられていなかったそうだが、自民党の「憲法改正草案」が2012年4月に公表されてからは、危機感を覚えて九条の会などの要請には極力応じるようなられたと言われていた。そして6月8日に軽井沢九条の会の8周年記念講演会の運びとなったのだ。

講演は今まで私が「考」でお読みしていたこと以外にも、直近の取材に基づく政治状況や、明治憲法の方がまだ立憲主義を保持していたこと、自民党の改憲草案が目指すものは憲法と呼ぶに値しないものであることなどを解りやすく、しかも広範囲におよぶ問題点をしっかりとまとめて語られた。氏の並々成らぬ能力を垣間みた思いであった。

お話の中で護憲の意味についての核心とも言えることへの言及が印象深かった。それは憲法の憲法たる所以として、現憲法の前文にある文言なのだが、「人類普遍の原理」としていることであった。この原理つまり人権主義と平和主義は天賦のものであるから、これを取り除くようなことは誰も出来ないし、してはならないとしているところが、この平和憲法が日本だけのものでなく世界の宝とも言われているような所以であると押さえておられたことだ。

「天賦」による「人類普遍の原理」というと、まさに主イエスの説かれた「愛の神」の御心として、一人の小さな人間存在を最大限に尊重する人権意識、暴力をもって敵に立ち向かうことを避け、十字架の犠牲を払って敵を愛する道を示された平和主義そのものであるという聖書の核心的メッセージと抵抗無く重ね合わせて聞くことが出来たのである。

そうなのだ。私たちのキリスト信仰は、私たち一個人の内面の救いに留まらず、世界中の全ての人々の救いへの「普遍的原理」を宿している、そしてそのことに意識の比重を移していくことにもっと熱心であるべきなのだと、心の内で今回の講演を反芻しなが帰路に着いたのだった。

 

2013.6.23「生涯のささげもの」

 

このタイトルは先週礼拝の宣教題です。旧約聖書申命記26章をテキストに学びました。もともと神の恵みへの感謝の徴として、申命記では、地上の収穫時まっ先に収穫したもので最も立派なものを献げよと規定されています。そして驚くべきは、それこそが「信仰告白」だとされています(申命記16:1〜11)。

今日私たちは「献金」を礼拝で献げています。「献金」の精神は「献身」そのものだということを忘れてはいけません。「献身」は、私たちの生涯すべてを神様に献げることでありますから、しぶしぶ惜しむ気持ちで献げることは決して神を喜ばすことが出来ないでしょう。神様に喜んでもらえない人生は、自分自身でもつまらない不平だらけのものになってしまうばかりか、周囲の人々へ様々な心配や混乱をまきちらすことにもなる恐れがあります。

律法に規定されている祭壇への「献げもの」は、神様へのものですが、同時にレビ人と呼ばれていた所領を持たないレビ人(祭司職)と寄留の民(外国人、旅人、やもめ等)を養うためのものでもありました。今日でいうと「祭壇」は「教会=エクレシア」であり、レビ人は「牧師とその家族」であり、「寄留者」は会員であれ、そうでない方であれ求道の途上にある人々、また社会の中で小さくされた人々すべてということが出来ましょう。

今日、新約時代の私たちの信仰は主イエスによって旧約時代の律法主義の信仰が一新されました。使徒パウロが「わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に引き渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか」(ロマ8:32)と言っています。その神の恩寵に応える場所が「教会=礼拝」と呼ばれています、神により集められた人間の集まりであるのです。人間の集まりである以上、ちょっとした互いの感情のぶつかり合いや誤解などによる躓きで、教会が混乱したり傷つく人々が絶えなくなるのではないでしょうか。いやそうだからこそ、「惜しみなく独り子を賜った」神様の恵みと賜物の絶大さを知ることが出来るのだと思います。私たちはそこから逃げ出したのでは何も得られないでしょう。そのように「教会」をしっかりと捉えておかなければなりません。信仰者は生涯にわたっての礼拝者であります。礼拝の礼拝たるところは主なる神様への「献げもの」をするところであります。 詩編の信仰者は、「しかし、神の求めるいけにえは打ち砕かれた霊。」(詩編51:19)であると言っています。「砕けた霊」とは、主イエスが「あなたが祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのをそこで思い出したなら、その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい。」(マタイ5:23〜24)と言われているところのものです。最近私たちの中で「ああすべきだ、こうすべきだ」という声が多いように思えるのですが、そのような時にこそ聖書の原点に立ち戻ってみたいと思うのであります。

 

2013.6.30「北信分区サンデー」

 

毎年6月最後の日曜日は、「北信分区サンデー」と名付けられている。分区内教会同士の交わりの時としている。具体的には牧師による交換説教と礼拝後の食事やお茶会での懇談によっている。通常信徒が牧師に同行しともに交流する。またこの日の席上献金は分区活動のために献げられる。

この際に教団組織(教区)の説明を少ししておこう。日本基督教団東海教区(長野県、山梨県、静岡県をエリアとする教団の教務代行機関で、95教会96名の牧師、4,742名の会員:2011年度報告資料による統計)。静岡県は東静、中静、西静の3分区、山梨県は1県1分区、長野県は北信と南信の2分区に分けられている。北信分区は(17教会。742名の信徒:2011年度報告資料による統計より)で、現在牧師は14名。無牧の教会は佐久教会と軽井沢教会。他に愛和病院に2名のチャップレン(病院付牧師)。北信は、西は信濃町、北は信州中野、東は軽井沢南、南は佐久の範囲である。分区は教区の教務の一部代行機関であり、地域共同体的連合体である。北信分区には伝道部、社会部、婦人部、青年部、教誨師活動、教会音楽、教育部、教師部、農伝部、同宗連などの部があり、だいたいは教区の活動に連動している。私が担当している教会音楽は教区にはない。予算は教会規模によって算出され、年間2,492,384円(2013年)で分担金総額は1,000,000円。当教会の負担金は112,000円で、分区内では3番目に多い負担額だ。以上が組織上の北信分区の概要である。

私は、教団、教区、分区という組織の存在意義は、各個教会に仕えるためのものだと理解している。分区サンデーはそういった意味で、自分たちとは異なった教会の姿に触れる良い機会であると思う。今回は「愛和病院」という社会的ジャンル(終末期を迎えた患者への緩和ケアー)での、チャプレンを通しての宣教の働きを知る、という大変得難い経験を与えられ感謝である。お互いが主から受けた召命感とその有り様を知り、尊重し、支え合っていきたいものである。

 

2013.7.7「知らない自分が」

 

「先日は週報ありがとうございました。全部読ませて頂きました。論旨明快、つい読んでしまう。全部感想を述べることも出来ないが・・・。5/15『今は聖霊の時代』現代のバベル状況時宜に即したメッセージ。6/2『悔い改めよ』悔い改めのない日本の政治家=いいね!。6/16中馬講演の紹介。中馬さんの話はいつ聞いても論旨明快ですね。9条の会の支援者ですね。6/23『生涯のささげもの』献金の精神−その背景をふまえていい文章です。ただひとつ。10行目『忘れてはいけません』はあまり感心しない表現。上からの目線? 佐伯先生が倒れたことを知り心配しています。軽微で支障が無ければいいのですが・・・。」

以上の文は引退教師久世望牧師の感想です。当教会は会衆派的伝統を汲む自主- 独立 -自治の教会として生まれ成長してきたとはいえ、我が教団における地域共同体として教区・分区の教会と教職の方々には多大なご支援を得て今日があることも確かなことであります。私が赴任して法人化が成って以来、感謝の思いを込めて、分区内の教会には毎月当教会の週報・印刷物をお送りして現況報告をさせてもらってきました。その中には引退教職の方々も含まれています。その一人である久世牧師にも毎月お送りしています。今回は特別に、お送りした週報の「天声JINGOA」へのコメントを送ってくれました。だいたい好評価を賜ったのですが、6/23号の文章中の表現で「上からの目線」ではないかとのご指摘がありました。「えっ上目線?」早速その箇所を何度も読み返してみました。そこで気づいたのが、「いけません」と断定していることでした。読者への押しつけがなされていたのだと反省しきりでした。自分では気づかない自分に気づかされた次第でした。

そういえば、私が取り組んできた「部落差別」問題も、先ず突きつけられた問いは、「おまえは差別者ではないか?」ということでした。意識の中ではそれどころか自分は差別などしたことはない。むしろ非差別者への支援者だと自負していたので、そのような問いの前でずいぶん戸惑ったものでした。その問いを自分の中で反芻していくうちに、やはり自分は差別者だったと認めることが出来るようになりました。なぜなら、今まで私は被差別者の誰一人と出会っていなかったし、被差別部落とされていた社会との接触を一つもしていなかったという点でした。その点私の滋賀県時代(大津教会)は、部落の人々と一緒に差別撤廃のために交わる機会に恵まれたことは幸なことでした。つまり差別する側の社会の中でぬくぬくと生きてきたが故に自分自身が意識しようとしまいと、差別者社会の一員であったことを思い知らされたからです。

でも、今回のように自分の中に思い上がりの意識がまだまだ潜んでいるのです。このような自分の救いのために、主イエスは「多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように」自分を低めて皆の僕となりなさいとのマタイによる福音書20:25〜28のみ言葉を想い起こした次第でした。

 

2013.7.21「二重の大災害の現場にて」

<東日本同信伝道会修養会報告>

7月8日〜9日 於:那須高原

テーマは「いのちと宣教 —東日本大震災の状況下で」。教師はアジア学院理事長・校長の大津健一牧師。出席者は教職と信徒合わせて65名位。

アジア学院はアジア農村指導者養成専門学校。場所は栃木県那須町塩原。3,11の大震災で壊滅的被害を受け、その原発事故以来放射能の最も濃い地域の最端に位置しており、一時町田市の農村伝道神学校に避難していた。現在、破壊された校舎や宿舎は徐々に新築に着手、完成し始めている。大津校長の話の中心はこの災害を通して「私たちに問われているもの」と題し、いまなお癒されない人々の姿と、彼らを放置する格差社会、経済優先による環境破壊、多量生産–多量消費による被造物の呻き。また、原発再稼働の動きによる富国強兵、社会の右傾化などが、被災の現場で露わになってきているというお話であった。アジア学院が再建の中で真っ先に取り組んでいることは、「被災者の苦しみにどう向き合うのか」と言うことで、具体的には地域の人々への放射能の測定サービスであった。チェルノブイリの経験から安全な放射線の数量を、国の基準よりかなり低く設定しているとのことであった。その話を聞いて、ここ軽井沢でも安心できない現実に置かれているといえる。今なお放射能に怯えながら暮らしている地域の人々への寄り添いの姿は、現場ならではの臨場感が漂っていた研修会だった。やはり現場に足を運ぶことを怠ってはいけないのだと改めて思わされたことでした。

本日は参院選当日。19日の朝日朝刊にもあるように、福島第一原発事故により、科学者達も現場の技術者達も「核」のコントールが出来ない事、核廃棄物の処理の見通しもついていない事、そもそも事故を起こした原子炉そのものにも手を付けられず事故原因も究明されていない事などを次々と明らかにして来ている。また、さらに嘘だらけの発表や数値のごまかしも行われてきた。にもかかわらず、安全宣言をし、政府や電気業界は稼働再開が出来るのか。まるでマインドコントロールされたカルト集団だと言わざるを得ないのではないだろうか。私が声を大にしてそう言うのは、弱く、貧しく、抗議の声を挙げる事も出来ない、核に傷つけられ、殺され続けている人々が、今なお沢山いるからです。「共に苦しみ、共に生きる」というキリストの福音に生きようとするアジア学院をこれからも応援したいと思うのでありました。

 

2013.9.1 「エルサレムよ!」

 

「記録的な」という言葉がまだ続いているこの夏であった。重なる豪雨により日本各地多大な被害を受けた人々へ心からお見舞いを申し上げたい。ここ軽井沢追分は、日照りや記録的蒸し暑さの日も結構あったと思うが、概して被害もほとんどなく、夏の礼拝コンサートや各種研修は大変恵まれ感謝だった。実は先週金曜日の午後私は初体験をした。11月に予定されている北信分区の教会音楽の集いの講師、また我が教会の収穫感謝讃美礼拝の奏楽者関本恵美子さんと打ち合わせのため多摩の学園を訪ねる途中立ち寄った関越道高坂サービスエリアの駐車場の温度はなんと38度で、まるでトースターの中のようであった。いかにここ追分が天国であるか理解できたのであった。

東北の3.11震災被災者の方々は、豪雨など、これでもかこれでもかという強烈なパンチを何度もくらうかのような仕打ちの下、私たちには想像も出来ない辛苦の中におられるのだろうと思う。昨日当教会を会場に開催された《絵とことばと音楽による祈りのとき》ミホプロジェクト・チャリティーコンサートに感動した。被災地や被災者への政府の支援策も遅々として進んでいない、原発事故の処理も何ひとつ出来ず混沌としている。そんな現実の下に置かれている被災者、とりわけ逃げ惑うしかない母親や子供たちに寄り添い続けようとしている深い祈りの時であった。プログラムの冒頭のチェロと歌、メンデルスゾーンの「エルサレムよ!」は私の心の底にずっしりときた。歌はドイツ語で歌われたが、訳詞が挟んであった。「エルサレムよ!エルサレムよ!予言者を殺した者よ、おまえに遣わされた者を石で打ち殺した者よ。何度わたしはおまえの子供たちを集めようとしたかことか。だが、おまえたちはそれに応じなかった。エルサレムよ!」これは旧約聖書の哀歌だ。この哀歌で嘆かれている「エルサレム」は、主イエスを十字架で殺したエルサレムでもあり、今日の我々の姿だと思う。絵本作家美穂さんの朗読は福島の子供たちのありのままの姿だ。やがてそこに神の準備されている良いことへと心が開かれていく。「神の子羊」の到来への希望が生まれ、それに備えようと呼びかけられる。そんな祈りでこの夏を締め括るこが出来感謝であった。

 

12013.9.8 「心鎮める時」

 

秋の風薫も色濃くなってきた。8月が終わったと思ったら9月も一週が過ぎてしまった、実に時の過ぎるのは速い。リニアモーターカーの県内駅が飯田市に決まり地元では経済効果に期待しての町づくりにおおわらわのようだが、時速500�もの乗り物が日本中を縦横無尽に走り出したらどうなるのだろうか。世の中のスピード化は留まるところを知らない。私たちの生活レベルのスピード感も、どうもそのような乗り物のスピード化と関係があるようだ。問題は「スピード」社会は効率的で利便性追求の賜物であるが、そのスピードに「人間性」が追いつかなくなってしまったことではないだろうか。そんな中、私たちは出来るだけスローな生活をと心がけようとする。しかし、そうは問屋が卸さないという経験をこの夏にした。

今年7月教会は創立20周年を迎え、「記念誌」を作り関係各方面へ7月末に約900通を発送した。その後も引き続き約300通を関係教会やグループなどに順次配布した。ところが多量の返却便の処理の問題が生じた。名簿との照会、転居先の捜索などに8月一杯追われてしまった。更に私を事件が襲った。それは8月7日の夜であった。その日は早朝から発送作業、名簿の整理、週報の作成と校正、東日本献身修養会(於:友愛山荘)慰問、次女一家の出迎え、来客者の応対等めまぐるしい一日でもあったのだが、午後8時頃ようやく事務仕事も一段落し、コイノニアのカーテンを閉めようとした瞬間に身体のバランスを失い仰向けに転倒、背中をいやという程台の角で打ち暫く息も出来ず呻いてしまった。レントゲンでは確認できなかったが、背中の肋骨に損傷があるとの診断で、咳・くしゃみ・息をする時にも激痛が走るという身体になってしまったのだ。今だから白状するが11日の礼拝コンサートの壇上の苦しかったこと。しかし天の助けはあるものだ。甥の伊東淳が10日から10間滞在してくれ、薪きり、芝刈り、蜂の巣採り、草刈り等、私が出来ない力仕事をしてくれた。実は彼も病気静養のための滞在であったので気の毒だったのだが、痛んでいた私を見過ごしには出来なかったのだろう、今度ばかりは彼が天使に見えた。
そのようにめまぐるしい夏であり、実に多くの方との出会いもあったのだが、本当に出会っていたのかどうか反省しきりである。主の教会といえども多忙になれば効率化を求め、スピード化に乗ってしまう、そんな自分を認めざるを得ないのである

「多忙」とは書いて字のごとく「人としての心を沢山失ってしまうこと」なのだ。「心を失う」ということは、主なる神との関係悪化を意味している。主なる神はそのような私たちをどう見つめておられるのだろうか。秋薫る季節、心静かに主なる神を見上げ聴きたいものである。因みに私の怪我の痛みはだいぶ治まり、咳やくしゃみにも息が詰まるようなことはなくなったので、もうしばらくしたら完治すると思います。みなさまに多大なご心配をおかけしました、ありがとうございました。

 

2014.9.29 「多くの日を重ね」

 

「多くの〜」という言葉は日本人好みだと思う。この場合長生きした人の事を意味している。もし「短い」なら、短命を意味し忌み嫌われるだろう。101才を生きた父は、長寿の節目の誕生日に、町長・知事・総理と順番に表彰状をもらっていた。何故長寿者をこの世は表彰するのであろうか。そこには多分因果応報的信仰があるからだろう。長寿の人は何か世のために必ず良い働きをしてきたに違いないと。ほんとうにそうだろうか。「悪者程世にはばかる」という諺もある。単に「長いこと」に寄りかかるのは危険なことなのだ。

今我が国では、現在の「平和憲法」の改訂が現政権を中心に叫ばれている。その「改正案」の前文の改訂部分でそのことが顕著になっている。現行憲法前文の最初には「諸国民との共和、政府の行為による戦争の放棄、国民主権」が謳われている。今回の「改正案」の冒頭には「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって〜」となっている。「長い歴史と固有の文化」を一番に強調している。ここでの「長い歴史」というのは、「改正案」の第1章第1条で天皇を「元首」としていることからも「万世一系の天皇制」という、学問的にも曖昧な歴史観を指していることは明らかである。暗に天皇制を崇高なものとし(宗教化)、いつのまにか国民を権力に取り込んでいこうとする者に利用される考え方ではないだろうか。

ただ何事も「多い」とか「長」ければ良いというものではないだろう。人間の年齢でも同じ事がいえる。聖書で長生きしたアブラハムから学ぶことは、彼の不信仰や失敗の数々であったはずである。失敗の毎に神の嘆きが聴かれ、悔い改めがなされ、そして赦しと新たなる契約の更新が与えられているのである。長寿者には、人生の失敗談を語って欲しいし、それが多くの日を重ねた者の魅力だと思う。その積み重ねの上に健全な社会が築かれていくのではないだろうか。老人は大いに語って欲しいし、若者は大いに老人に聴こうではないか。そこに主の祝福が豊かに満たされると思う。