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天声JINGO アーカイブ

2012年度10月〜

2012.10.14「川崎先生の急逝」

 

 最近世の中いろいろな、そして深刻な事柄が多すぎて、あれもこれもと考えているばかりでどうにもまとまらず困ってしまうばかりだ。そんな矢先に、私も監事として関わり、当教会も会報発送作業などの奉仕をしているNPO法人「小諸いずみ会/いのちの家」所長川崎経子先生(82才)が7日(日)朝急逝された。先生は牧師の娘であったが、父上が亡くなられたことをきっかけに牧師の道を歩み始められ、1980年山梨県谷村教会で牧会を始めると同時に統一教会(世界基督教統一神霊協会)など反社会的カルト宗教からの脱会支援活動に関わり始め、2002年牧師を引退されて、「いのちの家」を設立、所長を務められて来た。この間1,000人位の脱会者の世話をされて来たそうだ。「いのちの家」設立式は、私も当教会に赴任した年であり、設立式に出席した。  確か2007年9月から法人の監査役を受け、毎月の運営委員会に陪席して現場に密着してきた。運営委員会のメインはなんといっても所長のカウンセリングや活動の詳しい報告を受けサポートしていくことだ。 先生の具体的報告は、ほんとうにきめ細かく、一件一件の事例においても、よくもまあ事細かく、そして前後関係も把握し説明出来るものだと感心するばかりであった。会報発送作業(5,000通発送)には、当教会からも稲垣宜子、稲垣彩子、石田、光島、二見、古川、三浦、長谷部の諸兄姉のご奉仕をいただいてきた。

 川崎先生は日本における「統一教会」問題の第一人者だった。奇しくも「統一教会」の教祖であり、自らキリストの完成者を名乗ってきた「文鮮明」が、先月9月3日に死去した(93才)。

 川崎先生の生涯はこの文鮮明という偽キリストであり、超大詐欺師ともいうべき「文」との対決の人生であったとも言えると思う。彼が死んだことによって、彼女の使命も終わったのだろうか。いやそうではあるまい。キリスト教信仰によれば、人はこの世でどんな悪人であっても、最後は、無条件で主の御手のうちに招かれ、救われるという信仰だ。しかし、川崎先生は、文鮮明はそのままでは救われないかもと心配になって、急いで追っかけて行き、天国の入り口で、彼に心からの悔い改めを迫っているのではないだろうか。

 

2012.10.21「ファイリサイ派社会からの脱却へ」

 

■ 最近、世の中「ファリサイ派的」傾向が強くなってきているように思える。ここで私が言う「ファリサイ派的」というのは、自分のことは棚に上げて、人を非難してばかりいる、そのような非難合戦社会のことを言っているのだ。そして、そういう自分自身もいつのまにか、同じ穴の狢(むじな)となっていることに気づき、もう何も言うまいと口を閉じがちになってしまうのである。行動がともなわないのである。 ファリサイ派にはなりたくないと頭では思っていても、やはりそうなってしまう。

■ 福音書で「ファリサイ派」というとイエスと対立した悪役として登場する。もともとは、ハスモン王朝時代(BC2)

に形成されたユダヤ教の一派。やはり福音書に登場する律法学者の多くはファリサイ派だった。厳格な律法遵守主義で、ヘブル語では「ペルシーム」で、分離を意味する語。律法を守らない輩と自分たちを「分離」したという意味。使徒パウロは自らファリサイ派であったと言っている(フィリピ3:5)。

■ もし私たちキリスト教信者が、自分たちだけは、神の側の人間で正しく、異教徒や無神論者は、無知で罪人であり、救いから漏れた人間だと思うなら、もうすでに「ファリサイ人」となり下がっている証拠だと思う。だから「律法主義」と「ファリサイ派」は切ってもきれない関係にあることがわかるだろう。この関係は、たとえ異教社会であっても、今日の私たちの社会における現実と無関係ではない。現社会の秩序や、秩序の基準なるものが「律法」であり、それぞれの「秩序」の解釈を、自分たちに都合よくなし合うとこころに、非難合戦が繰り広げられているからである。私はそういう意味で、今日の私たちの社会は、「ファリサイ派社会」であり、出口の見えない閉塞社会を産み出していると思うのである。

■自らをファリサイの中のファリサイと自負し、キリスト者迫害の先頭に立っていたパウロが改心後「死のとげは罪であり、罪の力は律法である」と言い切っている(第一コリ15:56)。かく言わしめたキリストの愛の何たるかを求めることは、この閉塞社会の突破口となる唯一の道ではないだろうか。

■現日本国憲法には、その反省も充分に加味(キリストの愛の精神)されたものであるので大切にしたい。

 

2012.10.28「知恵の始まり」

 

勝海舟という幕末から明治の政治家がいた。彼は日本の近代的海軍を育てた立役者で、幕府の使節団を乗せてアメリカへ向かった咸臨丸の船長をつとめ、帰国後坂本龍馬を導き育てた人だ。明治維新の志士たちの中でも、勝海舟、西郷隆盛、澤邊琢磨、今井信郎、坂本直寛の5名は、キリスト教に深く影響を受けたことで知れている。私の駆け出しの頃、倉敷市児島の琴浦教会時代(1972〜1979)だが、隣町の天城町にあった無牧の天城教会を日曜日の午後、時には一年間連続で礼拝の応援をしたことがある。天井の高い礼拝堂正面の上の、講壇仕切りの白壁になんと勝海舟の筆なる漢詩の聖句が掲げてあった。その漢詩は箴言1章7節の「主を畏れることは知恵の初め」であった。その書はその後行方不明とのことで実に残念なことである。しかし勝海舟は最近、日本で最初の讃美歌の翻訳者でもあったというから驚きである(『聖書を読んだサムライたち—もうひとつの幕末維新史—』いのちのことば社DVD)。彼らは、聖書の神に、真の「神の知恵」を知り、自分たちの世直しの根底に、聖書の主なる神の意志を祈り求めていたことが伺い知れるのである。それに比べると「平成の維新の会」なるものの志のなんと薄っぺらなことか。知恵の「知」の字も感じない。

さて、勝海舟が愛した旧約聖書の「箴言」は、ソロモンの箴言(格言、ことわざ)と呼ばれている。ソロモンは世界最大の知者とされているが(列王記上11:23〜24)、実際の著者は不明である。編纂された時代はペルシャ帝国が衰退し、ギリシャが台頭した時代であり、聖書の民イスラエルでは、政治的不安定、指導者層(政治的、宗教的)の影響の低下のもと、ヘブルの若者たちがヘレニズム文化に触発されて、聖書の原点に戻り、新しい世直しへの原動力としての聖書の神を「知恵」として捉え直したのだと思う。そして「箴言」は抽象的な理論とか教義ではなくて、実に実践的であることが特長だろう。

箴言に置ける「知恵」とは、天地創造以前から存在して(8:22〜31),これはイエス・キリストの先在性を暗示していると言われている。「知恵」は一介の被造物である人間には、あらゆる意味で計り知れないものである。しかし「知恵」を知る方法が一つだけある。それは「知恵」自らが、浜の砂より小さい目にもとまらぬほどの人間に、近づき自らを顕し愛でて下さる。そして「知恵」はあらゆる意味で人に恵みの数々をもたらす。だからこの「知恵」に預かるために「主」に目を向けようではないかと、今日の私たちにも呼びかけているのだ。

 

2012.11.11「プロテスタンティズム」

 

■ 7日米国大統領選挙の結果オバマさんが再選された。4年前に米国史上初めて黒人の大統領が選ばれ、まさかと大仰天し、黒人大統領の実現が「チェンジ」そのものだと大歓迎したものだ。しかし必ずしも期待通りにはいかなかった。正直今回の再選は難しいかもと内心思っていた。だが僅差の接戦ではあったが再選された。そのことに触れた8日の信濃毎日新聞の社説の中で特に注目した一文がある。それは、「米国は歴史的に個人の自由や権利を尊重し、公の介入を嫌う傾向が強い。オバマ氏が再選されたのは、格差問題など米国が抱え込んだ矛盾の解決が簡単ではないことを、理解する国民が多かったためではないか。」という分析だ。

■ 他民族国家であり、人種差別、超経済格差社会である米国だが、その根底には、英国国教会に反旗を翻し、新大陸に流れついたピューリタンの精神、「個人の自由と権利の尊重、公の介入を嫌う」という「プロテスタンティズム」が建国の精神として脈々と息づいていたことが証明された大統領選でもあったのだ。

■ 「プロテスタンティズム」は、いうまでもなく16世紀の宗教改革から生まれた。奇しくも8月末の同志社神学協議会の主テーマが「プロテスタンティズム」だった。神学部長水谷誠教授の講演で指摘されたことは、「ただ一つのプロテスタンティズムが存在するのではなく、宗教改革における抗議の継承者と思うすべてのキリスト教の諸教会、グループ、運動を表す」という、ドイツの旧約学者グラーフの言葉などを引用し、多元性、多様性が特長であることが説かれた。

■ わが国に於ける民主主義を育てていくためにも、私たちプロテスタント日本キリスト教団という合同教会の一員である教会の存在意義を問われた今回の米国大統領選であった。

 

2012.11.18「清き一票」

 

 15日の各新聞社の朝刊は、「衆議院解散が16日、総選挙が12月16日」「首相、党首討論で表明」と大見出しで第一面が飾られた。手元にある朝日と信毎の記事をじっくり読んでみたが、何が問題になっているのかその本質については何も伝わってこない。ただただ権力争いの綱引き?ドロ試合?それにしても野次馬根性の私にとって少しも面白さが感じられない。解散時期予想の当たりはずれはあったにせよ、すでに巷では選挙、選挙と浮き足立っていたが、これからクリスマスまでの一ヶ月間は、どこを向いても選挙、選挙一色になるのは必至。赤い服着たサンタがトナカイのソリの上から、「清き一票を私に」と叫び続ける光景が目に浮かぶ。

 選挙となると必ず叫ばれるのが、「清き一票、一票の重さ」だ。15日朝日の朝刊の、本家本元の「天声人語」の締くりに「〜日本の将来にとってゆるがせにできない、一票の行使となる。」とあった。有権者の一票がどれだけ民主主義社会の根幹に関わるものであるかを私は理解している積もりだし、有権者となってこのかた、いかなる選挙も投票を欠かしたことはほとんどない。しかしだ、この頃この「一票の重さ」という言葉の重さが、正直どうしても感じられなくなってきている自分でもある。うまく言えないのだが、「一」の重み、つまり人一人の命の価値が薄くなってきているのでは?

 経済が低迷すると、真っ先に切り捨てられるのが、福祉、文化、教育、民生が常であり現在でも変わらない。選挙の時だけ「一」の重さが叫ばれ、当選したその瞬間から「一」の重さが無視されているからだ。

 ところで「一」の重さの比類なきことを説いているのが、主イエスであり、福音そのものであるが、我々は案外そのことを忘れてしまうのではないか。教会の世界でも多数決社会、律法主義社会に埋没して「一」の重さを忘れてしまうきらいがある。それでは「世の光、地の塩」たることは出来ない。主イエスは「見失った羊のたとえ」(ルカ15:1〜7)で「一」の重さを教えている。主イエスにおいては「一」のレベルが違うのである。投票することも出来ない人々、社会から無用として切り捨てられた「一」の重さなのである。残された「九十九」が在るのは、その「一」があるからなのだという意味での重さなのだ。この「一」の重さを理解するに近い人に一票を投じたい。

 

2012.11.25「キリストの三職」

 

■ 私は1968年に同志社大学院を卒業して補教師となり、倉敷教会伝道師に就任した。3年の猶予期間を経て正教師試験申請までしたが、教団は激動の時代に突入していた。つまり「万博キリス教館出店問題」「教師検定試験問題」「東京神学大学機動隊導入問題」に象徴されるように、教団の合同教会としての内実が激しく問われた時代であった。特に教師検定問題では、検定基準、二重教職制(礼典執行権問題)などが問われ、検定委員会の問題への対応の無策ぶりに疑問を抱いて、私は正教師受験拒否を始めた。1971年からは教師検定試験そのものが出来なくなり、その後とりあえず検定はレポートというごく簡単な方法が取られたが、私は納得がいかず結局約10年間教師受験拒否を通した。1972年に倉敷市内の琴浦教会主任牧師として赴任したが、その在任中もとうとう拒否のままであった。その後教団では「いかなる立場も切り捨てない」という趣旨のスタンスをとり、話し合い路線を敷いたので、私もそこで妥協して、群馬県藤岡市にある緑野教会への転任を機に受験し、関東教区で按手礼を受けたのだが、その頃、ある「教師検定試験問題傾向と対策」の中に「キリストの三職」についての問いがあったと記憶している。

■ 「キリストの三職」というのは、「王」としての職能、「祭司」としての職能、「予言者」としての職能のことである。今日、キリストの教会は、単なる組織や建物ではなくて、「キリストの体なる教会」であるという使徒パウロの理解が欠かせない(エフェソ1:22〜23)。従って今の私たちの教会も変わりません。キリストが満ち満ちている存在でなければならないのです。その具体的な職能が三職なのです。

■ 緩やかな族長の連合体であったイスラエルを統合するために立てられたのが「士師」と呼ばれていた人々でした。サムエルは「士師」時代から「予言者」時代の架け橋となった人物だ。かれの晩年に、イスラエルは王制を敷いた。初代王がサウル、二代目がダビデ、三代目がソロモンだ。サムエルが民の求めを受けて、主なる神に相談したところ、主なる神は「王」というこの世の最高権力による民の犠牲を覚悟せよと指摘して容認している(サムエル記上8章)が、この世の「王」の上に「主なる神」が「王の王」として君臨していることの厳然たる事実が押さえられている(8:7)のである。

■ ここでの「王」の務めの第一は「裁き」である。このような「王の王」としての務めは、今日の私たちの教会の務めでもあるのだ。この世の「王=権力」を支配したもう「王の王」としての側面を忘れてはならないのだ。イエスが十字架に挙げられた時、その頭の上には「これはユダヤ人の王」の札が掲げられていた(マタイ27:37)。またイエスの頭には「荊冠」が載せられていた。この「王の王」の姿は、この世の「王」の咎責めを一身に担って償う姿なのだ。ここに「王の王」の真の姿がある。教会はこの「王の王」を頭に戴いてこの世に生きる存在なのだ。

 

2012.12.9「預言者として」

 

 11月25日(日)のこの欄で、キリストの教会は、イエス・キリストが担った3つの職務を担っていると述べた。つまり「王の王」として、この世のあらゆる「王」(最高権力者)を裁く裁判官としての務めだ。もちろんその「裁き」は亡びへの裁きではなくて、赦しと新生への裁きだ。

 本日は二つ目の職務として「預言者」的働きについて述べる。聖書で「予言者」というのは、未来のことを言い当てるというよりも、この世の「王=権力」が主なる神の意志に背くような権力の行使や腐敗があるなら、それをいさめ、糾弾して、神の裁きの近い事を警告する使命を負った者である。しかし聖書に登場する予言者たちは、権力への遠慮なき糾弾のために、この世から迫害を受けなければならなかったことも事実だ。

 今日の世界中のすべてのキリストの教会は、そのような職務を負っているのである。

その点について、私たちの「教会=教団」はどうであろうか。戦前、戦中の時代、この世の権力(天皇制絶対主義)に屈して、現人神天皇に仕える偶像崇拝化に陥り、侵略戦争の協力者と成り下がった苦い経験を持つ身なのだ。だからこそ我が日本基督教団は、敗戦後52年を経た時点で始めて悔い改めて、「第二次大戦下における日本基督教団の戦争責任の告白」(1967/3/26)を表明せざるを得なかったのである。遅きには失したが、とにかく悔い改めたことは大いに評価せねばならないと思う。そして幸いにも日本国新憲法は、実に格調高い、崇高な理念に満たされた前文から始まり、全体はすばらしい人権思想に彩られ、第9条の戦争放棄を頂いたのである。み言葉の実りがここに見られると思う。

 問題はそれ以後、本来の教会の職務に立ち戻ることが出来たかどうかである。現在国政においては、衆議院選挙戦の真ただ中だ。今回目立っている政党や個人の政策は、自主憲法制定や自衛隊を軍隊にという主張だ。こんな時だからこそ、キリスト教会の「予言者」的職務遂行の時であると思う。

 今年のアドベントからクリスマスへのメッセージとして(先週週報掲載)、2つの祈りの課題を挙げた。予言者的働きである。

1)世界平和 2)日本の平和 (�東日本大震災支援。�原発事故被害者支援と原発廃止。�現平和憲法を実践すること)。

 昨日から軽井沢中央公民館で「戦争と平和—写真展」が開催されている。是非足を運んでいただき、我々の歴史の中で預言者なるキリストの声に耳を傾けたい。

 

2012.12.16「執り成しの主」

 

 「キリストの三職」について、この欄にて、11月25日は、「王としての職務」を。先週9日は、「予言者としての職務」について述べた。「キリストの職務」は、今日キリストの教会が、復活の主とともにその職務を担っているので、私たちはこれらの職務について、「イエス・キリストの体なる教会」の肢体として心得ねばならないことであるからだ。

 今回は三つ目の「祭司としての職務」について述べよう。「祭司」は旧約時代では神殿に仕え、礼拝の司会や聖書の朗読、祈祷、儀式などを司っているが、その中でも最も重要な仕事は、「罪祭」を司ることであった。「罪祭」とは、祭司が神と人々の間に立って仲保人的役割を果たすことで、それは犠牲の動物をささげ人々の罪の赦しをなしている(レビ記5:10、16:2〜等)。イエスの時代もほぼ同じ役割を担っていた。なお祭司も「大祭司」という言い方がなされている場合があり(レビ記21:10)、「油注がれた祭司」というのも大祭司をさすと考えられている(レビ記4:3)。

 新約聖書のヘブル書では、イエス・キリストを永遠の大祭司と見て、彼により贖罪が完全行われたと言っている(ヘブライ人への手紙5:9)。

今日私たち教会は、イエス・キリストの十字架によって全ての人々の罪科が購われて、罪赦されていることを宣教することが最も重要なこととして受け止めているものである。

 私は20数年前に熱心な女性信者の方から「先生の説教は、いつも結論は同じ事を言っているのですね」と言われた。自分の説教に変化がなく、進歩がないと言われたような気がして恥じ入ったことを思い出すのだが、考えてみれば、十字架と復活の主をのみ宣教する者にとって、結論がぶれずに同じ一貫性を持っている証拠だから、これは誇っていいことだと思い直したものだ。

 聖書は、人がこの世のいかなる人間の努力も闇の世界から解放出来ない事を悟り、ただただひたすら主なる神との間を執り持ってくれるメシアを待望するようになり、そのメシアはモーセ、ダビデ王、それとも予言者エリアの生まれかわりか、はたまたバビロニア捕囚からの解放者ペルシャのキョロス王かと期待したがそうではなく、最後に到達したのが、自分たちが排斥してきたあのイエスこそがまことの神の子(マルコ15:39)と告白し、イエスの十字架にこそ神と人間の間の仲保者としての姿を確信できたこと証ししているのである。

 

2012.12.30「キリスト者の自由に生きよう」

 

クリスマスから始まる(主の年=AD)に当たり、この一年「天声JINGO 欄」では「私たちは何者ぞ?」という問いに向き合ってきました。「キリストの教会」は、イスラエル(創世記33:29)、とかキリストの花嫁(ヨハネ3:29)、とかキリストのかだら(エフェソ4)、とか言われていますが、ギリシャ語訳聖書で「教会」は「エクレシア」(使徒言行録19:32、39、40)が使用され、その原意は「呼びだされた者たちの集合」であります。この語を後の原始キリスト教団が「キリストの教会」としてパクったということであります。旧約聖書では、契約の民イスラエルが「カーハール=会衆」と呼ばれていたことに対抗して、真のイスラエルであるとの主張がそこにあるようです(参考—岩波キリスト教辞典) 。いずれにしても、「一人の神によって呼び出されたものたちの群れ」という原初の意味が重要な鍵となっているのが、今の私たちの「キリストの教会」なのであります。

なぜ、今「教会」を問うのかというと、それが私たち一人一人を問うということであると思うからです。私は何者であるのか?あなたは何者であるのか?という、いわば私たち一人一人が自分自身を問うことと密接に拘っているからであります。現代社会に生きる者として私たちを(不幸)不自由にしているものとして、「マニュアル化」が挙げられると思います。マニュアルの世界は、そこはある意味で安全地帯でありますが、責任逃れの無責任地帯でもあるのではないでしょうか。ちょっとでもマニュアルからそれたら、もうその社会では生きられないような、そんな社会の一員としてあなたは本当に幸せなのでしょうか? 自由で楽しい希望に溢れた世界だと思われているのでしょうか? 私はそうは思いません。規則やマニュアルは、人の「幸福」のためにあるのであって、規則やマニュアルのために人がいるのではないというキリストの生き方(マルコ2:23〜28m)に被れているからでしょう。「キリストの教会」といえども、規則やマニュアルの虜になってしまう危険性を常にはらんでいます。例えば多数決で全てを決しそれで良しとしてしまうことです。規則やマニュアルを権威化し、絶対化し、そこに正義があると勘違いしてしまう危険性です。

私は、何ものにも縛られない「自由」に生きることが、本当の自分らしい生き方で、至福の道がそこにあると信じています(ガラテヤ5:2〜15)。そこに私を留めている唯一の束縛は「キリスト・イエスに結ばれて」いるという点のみです。キリスト・イエスによる束縛は、真の自由への束縛であります。その信憑性はというと、それは「自己告白」のみです。私は常にそこから、「愛の実践を伴う信仰」者となるべく、みなさんと共に歩み続けていきたいと願っています。

 

2013.1.6「年の始めの」

 

正月にあまり聞かなくなったが、特に元日が晴天で静かな朝を迎えた時など、私の脳裏にはいつの間にか「年の始めの例(ためし)とて〜」(1月1日)と、歌詞はこの部分だけだが、あとはメロディーで口ずさんでいる自分に気づく時がしばしばあった。この元日、佐久平駅近くの施設に父を迎えに行った昼前の町は行き交う車も人々もまばらで実に静、青空が広がり近くは北八ヶ岳から蓼科山、美ヶ原への峰々、遠くには北アルプスの白い峰々がはっきりと間近に遠望でき、ああ元旦だなとの思いにふけるには充分すぎるほどの雰囲気に包まれていた。そこには無意識にではあるが「年の始めの例とて〜」という雰囲気に確かに包まれていた。戦中生まれ(1942/10)の自分は、教会の中で生まれ育ち、戦後民主主義教育を受けたが、そんな自分にも戦前の皇民化政策の残影に色濃く染まっているだから、戦前の天皇制絶対主義と軍国教育がいかに徹底していたかが分かるのである。

この「1月1日」という唱歌は、その歌詞をよく読んでみると、キリスト教信仰にそっくりだということに気づくのである。

「(1番)年の始めの例とて 終わりなき世のめでたさを 松竹たてて門ごとに 祝う今日こそ楽しけれ。(2番)初日の光差し出でて 四方に輝く今朝の空 君が御影に比(たぐ)えつつ 仰ぎ見るこそ尊けれ」作詞は千家尊福(せんげたかとみ)という明治、大正期の国学者、政治家、出雲大社大宮司も務めた人。作曲者は、上真行(うえさねみち)という同時代の雅楽家、東京音楽校教授を務め、他に「鉄道唱歌」などが有名。

「門松」を「クリスマスツリー」に、「君=現人神天皇」を「主なる神」に置きかえれば、聖書そのものではないか。旧約聖書の「天地創造の神」「永遠の命」の世界観が1番の歌詞だろう。2番の歌詞も同じで、新約聖書ではヨハネ福音1章の冒頭がすぐ思い浮かぶ、ここでは「初めに言葉があった」で始まり、「言葉=神=命=光」と宣言している。「大君と光と永遠」を歌った「1月1日」は明らかに国策としての唱歌であった。現在でも、「市民と自衛隊をつなぐ新春の集い」で国家斉唱の後にこの「1月1日」が歌われているそうだ。そしてこれは「旧陸軍からの良き伝統であり、日本人の誇りに思う」と1年前に旭川のある市民よりインターネット上に投稿されている。

 雰囲気に弱い私は、特に政権交代をして、今までにない程の右傾化路線の強まっている中、よほど注意して「目覚め」ていなければならないと自己を戒めることになった新年初頭の思いであった。

 

2013.1.03「わたしについてきなさい」

 

■ 表題「わたしについてきなさい」は、本日礼拝のテキスト、マタイ福音書4章19節の言葉で、ガリラヤの漁師たちへのイエス様の招きの言葉である。この主イエスの最初の弟子選びは、共観福音書(マタイ、マルコ、ルカ)に平行記事(同じ記事)があり、それだけにとても大切な意味を持っているといえよう。マタイの記事はマルコ(1:16〜20)と全く同じ記事だが、ルカ(5:1〜11)は著者が歴史家らしく、彼らの弟子入りの動機が詳しく叙述されている。どちらにしても主イエスの宣教活動の初めがガリラヤ地方であったことと、最初の弟子たちが漁師たちであったことはとても重要な意味をもっているのです。それはこの世の富と権力、宗教的権威などを象徴する場所とは正反対の場所であると言う事です。それはクリスマスの出来事と軌を一にしていることなのです。当時ガリラヤ地方はユダヤの中心都市エルサレムやユダヤ教の主流からは侮蔑されていた地方であったのです。マタイ4章15節には、イザヤ書8章23節の引用で「〜湖沿の道、ヨルダン川のかたなの地、異邦人のガリラヤ、〜」とある。神の子は、この世の光のあたらない場所にそっと来られる方なのだ。そこ以外に人間社会で受入れられる場所はなかったということなのです。それは人の心の闇「貧しさ、抑圧、艱難、または被差別」(使徒言行録2:7)という場所でもあるのだ。そんな場所で平々凡々な暮らしをしている人々、そして働けど働けど徒労に疲れ果てているような人々(ルカ5:5)に近づき「わたしについてきなさい」と招かれておられるのだ。

 この私たちのところにも、復活の主イエスが来られて「わたしについてきなさい」と招いて下さったことを想い起こしたい。そしてより一層感謝をささげる日々でありたい。だけれどわたしたちは、しばしば何のためにイエス様に従うのか分からなくなる、また何をすればよいのかという迷いに陥る、だが福音書の主イエスは「人間をとる漁師にしよう(する)」と明確にその目的を示している。

 「人間をとる漁師」とはどういうことなのだろう。単に信者を増やすための弟子ということではないと思う。そうではなくして、人そのものを、たとえ悪人であっても、駄目人間であっても、神の大切な宝として、その尊厳を取り戻すということなのだ。ガリラヤという今日的状況の湖で、漁られる魚は一杯いるはずである(ルカ5:4〜6)。

 

2013.1.20「憲法と信仰」

 

 2012年4月27日決定した自民党の「日本国憲法改正草案」の前文を先週入手しました。あらためて現行憲法と改正案を比べて読んでみました。現行憲法の前文では諸国民との世界平和への理念が掲げられ、戦争の惨禍が政府の行為によって起こることのないように主権在民が高らかに宣言され、このことは人類普遍の原理とされ、この崇高な理想と目的を達成するための憲法とされています。第1章は「天皇」条項から始まるのですが、第2章では「戦争放棄」条項で、その最初があの「第9条」なのであります。その上で第3章の「基本的人権」条項が続いています。この現行憲法は、敗戦後の新生日本の国造りの土台とされていることは疑う事の出来ない事実であります。

 私たちキリスト教会は、ここに旧約聖書の予言者イザヤの「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、鎗を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を挙げず もはや戦うことを学ばない、ヤコブ家よ、主の光の中を歩もう。」(イザヤ2:4〜5)との預言と、イエス・キリストの述べられた平和の福音(マタイ5:39、26:52)そのものがこの国の現行憲法にみごとに内在化していると受け止めて来ました。

 しかるに自民党の改正?草案では、国民主権がぼやかされ、世界諸国民との平和主義を後退させ、民族主義が全面に出され、天皇の元首化が明記され、ここには現憲法の「象徴天皇制」の衣がはぎ取られています。民主主義と人権思想に基づくすべての憲法の具体的前提としての「戦争放棄」がこれまた曖昧にされ、特に9条�項が捨てられ、実質的な国防軍の新設が「第9条の二」で5項目にわたってなされています。まさに旧憲法回帰路線が色濃く出ているのです。

 私たちの教会は戦中内向な個人主義的信仰、自己保存的教会形成に走り、勢いこの国の超保守主義に同化され、大政翼賛団体となり下った過去の愚を犯さないように決意した「第二次大戦下における日本基督教団の戦争責任についての告白」を強く意識せねばならない時代であると思う昨今であります。

 

2013.1.27「常に初心に」

 

 オバマ氏が黒人大統領として再選を果たした。1期目は必ずしも失業者対策や経済再生等々といった公約を果たし得なかったが、それでも米国民は再選した。何故なのか。その秘密は「大統領就任演説」全体に一貫している理念にあると思った。それは「米国憲法」の理念で、「全ての人間はうまれながらにして平等であり、創造主によって生命、自由、幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」であった。さらに「私たちは、その理念を現在の現実と結び付けようと、終わりなき旅を続けている。」こと、「独立宣言を採択した愛国者たちは、人民の人民による人民のための政府を与え、建国の精神を守ることを後世に委ねた。」とのべ、以下民主国家のあるべき姿、軍事力より対話による世界平和への弛まぬ努力、多様性受容、自由と平等の追求を宣言している。「私たち国民は、きょう宣言する。私たちは全て生まれながらにして平等だという最も明白な真理こそが今も私たちを導く指針だということを。」と。最後は「国民の義務として、生命、自由及び幸福の追求という言葉と権利、価値観をすべての米国民にとって現実のものとすることが、私たちの世代の任務だ。」と述べ、あらゆる原理主義を排し、議論をし続け、行動していくことこそが、建国の精神であり、未来に繫いでいく国民の義務であるとしている。

 現実には、軍隊と核による力(テロル)からの解放は難しく、貧富の格差、人種差別などからの解放は遠く見えるが、そのような解放への道のりにあることを確認し、国民と国家の進むべき道筋をきちっと見据えている格調高い演説であると感心した。それに比べて我が日本国の首相の演説はどうか。日本国憲法における崇高な理念の否定に満ちているから始末が悪い。恥ずかしくて世界に顔を向けられない。しかし国民の選択であることを忘れてはならない。軽井沢9条の会のK氏は口を開くごとに、日本の国民はバカだ、愚民だと言って皆から苦笑されているが、その気持ちは痛い程分かる。この国は歩む進路(理念)を見失っている、いや意識して無視してきたように思う。こんな国に未来はないと断言できる。

  私たちは、あらゆる意味で、困難な時こそ「初心」を忘れてはならないし、立ち帰るべき「初心」をはっきりさせたい。新生日本国の「初心」は「現憲法」に明確である。その前文中で「〜政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意しここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。〜」それに基づく第二章「戦争放棄」と第三章「国民の権利及び義務」を含めて、前文では「人類普遍の原理」としている。ここには聖書の平和の福音の示すところがあますところなく内在していると思う。私たちはこのことを次代に教え伝え、この理念の実現に向かって、今を生きて行くことを胸に刻んで歩もうではないか。

 

2013.2.3「癒し」

 

 去年8月2日、朝日新聞(夕刊)の「解体心書」というコ−ナ−で「全身に響く祈りの音」という大見出しで当教会の音楽礼拝が報道された。朝日新聞記者青山祥子さんの文章の中見出しは「日常の悩みを一瞬忘れる」であった。彼女がどのような日常の悩みをもっていたかは分からないが、彼女がコンパクトにまとめた音楽礼拝の紹介は申し分ないものであった。「オルガンの重厚な伴奏にリードされて自然と声を出すことができた」「シンセサイザーみたいな音色の変化を楽しんだ」など彼女の感じた感動は素直なものであったと思う。「シンセサイザーみたいな」とう表現に、パイプオルガンにシンセサイザーが追従しているような印象を与えるとの批判も感じたが、私は彼女が初めて聞いたパイプオルガンの音の変化の妙を言い表わすのに彼女の経験の中からの最大限の表現であったと好意的に受け止めている。しかしながら、「日常の悩みを一瞬忘れる」というこのレポートのタイトルは、礼拝そのものが礼拝者の悩みを一瞬だけ癒すカンフル剤みたいに思われているのかと思うと正直愕然としたものである。

 この世の中、人々の「魂の餓え渇き」は極限に達しているのではないかと思われる事態が毎日の新聞紙上を一瞥するだけでも充満していると思う。学校でのいじめと学校や社会の対応の問題、警察官や公務員の不祥事の数の異常さ、スポーツ界の様々な不祥事など、病んだ社会の症状とすると、その病の対症法的解決は図るものの、病原に迫ることはほとんど顧みられていないのが現状ではないだろうか。だから人々は一時的な「癒し」を漁り求めるほかはないのかもしれない。

 朝日の「解体心書」では、記者のレポートに心理学者の「先生のひとこと」がある。今回の記事に対して神経心理学者山鳥重は「音楽はこころの秩序をもたらし、和ませてくれる」と心理学的見地からのコメントをしていた。

 礼拝は優れて神の語りかけを聴く営みである。そのための宣教であり楽曲なのだ。主はヤコブの井戸で、サマリアの女に「わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。〜その人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る」(ヨハネ4:14)と言っている。究極的な人間の「癒し」がここに宣言されているのである。日本社会は憲法に規定されている第3章の人権条項第20条「信教の自由」を誤解してきた結果ではないだろうか。それは人間性を豊かに育てる宗教を排除するような愚挙に陥ってきたからだと思う。たとえば生徒が日曜日に教会に行くならば、そんな時間があったら英単語のひとつも覚えろというような教育をして来た結果ではなかろうか。

 百歩譲って、私たち教会の音楽礼拝が一瞬の癒しであってもよいと思う。その一瞬の癒しの積み重ねの向こうに、根源的な「癒し」、主の癒しの御手が待っておられることを信じて今を生きたい。

 

2013.2.10「信教の自由を守る日」

 

 明日2月11日は「建国の日」で国民の祝日とされています。この日の制定は1967年です。日本基督教団では1963年6月以後反対声明を2回出し、反対運動を繰り広げた経緯があります。2.11は戦前までは紀元節とさた日であります。2月9日発行の「教団新報—2.11メッセージ」で、教団社会部委員会釜戸達雄さんが述べています。「この建国の日は1967年に制定されたもので、1872年以来「紀元節」として守られてきたもの。それは所詮神話であって史実ではないことを知らない日本古代史の専門家は一人もいないだろう。天皇という名称使用は紀元645〜712(日本書記成立)頃とすると、紀元660年も曖昧な数で史実的根拠がないことは明らか。神話上の日と人物を用いて『建国を偲び、国を愛する心を養う』ことを求めた、これが『建国の日』なのだ。そこで注意すべきは、神話が私たちの日常生活の中で語られ用いられようとする時には、何らかの政治的意図が存在してしまうというとだ。」と。かつて日本は神話によって国民の思いを一つにまとめ、天皇神格化と軍国主義による侵略戦争を正当化し、神社参拝を国民に押しつけ、宗教弾圧をしてきたのだ。また、現在の「建国の日」発議と共に発議されたのが「靖国神社法案」であった。いまだこの法案は日の目を見ていない、それは各宗教の根強い反対運動により、三度国会に上程されたがいずれも廃案とさたからである。しかし未だに保守勢力の靖国神社国家護持への思いは変わらずマグマのようにいきりたっている。それは、みんなで靖国神社を参拝する国会議員たちの会の姿に象徴的だ。そのように建国記念日は天皇制と軍国化と密接に結びついているのだ。

 自民党の「憲法改正草案」では、天皇を元首、自衛隊を国防軍としている。それにもまして、最も驚くべき点は、現行憲法の第10章「最高法規」の条項の削除だ。特に第97条「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由権獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去最多の試練に耐へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」を全て削り、その下での一連の権利条項の根底を削ろうとしているのだからめちゃくちゃだ。一連の権利条項のうち、人権の最も保障されねばならないのが第19条「思想及び良心の自由」であり、第20条「信教の自由」である。これらの条項の骨抜きがなされているのである。更に「改正草案」の20条3、国およびその機関はいかなる宗教のための教育、宗教活動をしてはならないという条項であるが、そこに新たに、「社会的儀礼又は習俗行為の範囲を超えないものについては、この限りではない」と付け加えている。町の祭りや靖国参拝も、自衛官の護国神社公式奉斎も習俗として認めて行けば、ひいては神社参拝の国民への義務化も見えてくるのである。「信教の自由」は「人間の尊厳」が創造主からの天賦の恵みであることの普遍的証しでもある。この日の堅持を祈ろう。

 

2013.2.17「受難節」

 

 今年は今月13日より四旬節(レント・受難節)に入った。レントはラテン語で第40の意。現在の私たちの教会歴は、6世紀頃から復活日直前の聖木曜日まで、断食日の日曜日を数えないで、40日前の水曜日から数えたことを踏襲しているのだ。そして主の受難を覚えて「断食」を始める最初の日を「灰の水曜日」というようになったそうだ。(岩波キリスト教辞典)

 受難節は「断食」というキーワードによってとらえなければならないと思う。「断食」は、私たちキリスト教会ではほとんど取り入れていない宗教的制度であると思うし、私自身も断食などしたことはない。一般的に言ってとても悲しいことや辛い出来事に遭遇したときなど、食事がのどを通らないということはあるだろうが、主イエスの場合は、そういったことよりももっと積極的な意味があると思う。主は荒野での悪魔の試みに挑戦するに当たり、40日の断食をされている(マタイ4:1〜3)。断食によって空腹の極みに自分を追い込んで、そこで悪魔と対決している姿に明らかだ。ところが主は弟子たちや人々には決して「断食」を求めてはいない。それどころか主の弟子たちは断食をしないことで有名だったらしい(マタイ9:14)。だからといって現在の私たちが、襲い来る悪魔の力や、悔い改めをしなくて良いということにはならないと思う。主は「山上の説教」の中で、断食をする時の仕方を教えている(マタイ6:16以下)。それは施しや祈りの場合(マタイ6:1以下)と同じく偽善に陥ることへの警告なのだ。いずれも信仰者の思いと行いは天の主なる神のみを意識してしなさい、決して人々の目や思いを気にしてであってはならないという点が肝要なのである。

 先週日曜日「奉仕」をテーマに教会全体研修会を開催した。私たちの教会を運営し維持していくために、みながどのような心構えをすべきか話し合った。ともすると議論が主なる神よりも、自分や周囲の人々の状態に縛られてしまう危うさを感じながらの話し合いだったと思う。「教会」がほんとうに主の「みからだ」であるために、それに繋がるわたしたち一人一人のタラントン(賜物)が、たとえレプタ1枚(貨幣の最低単位)であり、それをうなだれながらであっても、そっと差し出す勇気を祈り求めるレントの私たちの「断食」でありたいと思う。

 

2013.2.24 「受難節の瞑想」

 

 教会の活動は「宣教」とか「伝道」とか言われているが両者がどう違うのか曖昧である。英語ではmissionと同じ単語が使用されているが、難解である。神学論ではなくて、私の感じている使い分けは、「伝道」は「未信者に対して、キリストの福音を宣べ伝え,彼らを信仰の道に招く教会活動をさす」(岩波キリスト教辞典)ことであり、「宣教」は復活の主とともに人々の中に出て行って、悪霊を追い出し癒し、小さくされた者たち、重荷を負ってあえいでいる人々、罪人の友となるようなダイナミックな活動であると思っている。しかし両者の活動を区切ることは出来ないと思うし、互いに融合し合っているので、教会としてはどちらが本来の使命なのかと分ける必要は全くないと思う。

 最近教団の部落解放センタ−から、「解放のはばたき」という機関誌のQ&Aの執筆を頼まれて書いた。「教会の使命は伝道です。そこから外れることは賛成できないのですが・・・」という質問への答えだ。この質問は昔から議論されてきたことである。そこから教会派とか社会派だとかのレッテルの貼りあい合戦がなされてきている。それは非常に消耗的な議論であると思うので、私はその議論は避けるようにしてきている。 今回私が書いた答えの第一は、「教会の使命は伝道であり、そこから外れてはならない」ということはその通りであるとの評価を下し、その上で、「伝道」の内容についてちゃんと考えるべきことを述べた。つまり「伝道」は、イエスを主と告白し、その主と共にこの世の現実の只中で生きていることの証しであるのだから、主が行くところに一緒に出て行くことの質が伴わねばならないと書いた。つまり先に述べた「宣教」の内容だ。教会が社会に開かれ、受け入れるだけでなく出て行くというダイナミクスが有効なのは、「人の命」つまり「人権」に関わるところにおいてである。福音書の証している主イエスは「人権」の犯されている人々のところを巡り、彼らの友となっておられるからである。

 「自民党の憲法改正草案」をきわめて悪質な改悪であるとこき下ろすのは、ある種の政治イデオロギーに組するからではない。「人権」を踏みにじるという一点においてのみなのである。戦争や軍備の反対も、原爆や原発反対も同じ信仰からの理由があるからだ。「人権」が踏みにじられ、そこで苦しみ、泣いている人々に思いを寄り添わせることなくして、主の受難節の瞑想はないのではないだろうか。

 

2013.3.10 「父の急逝」

 

3月3日おひな様の日の昼過ぎ101才3ヶ月の人生を、父守臣は締めくくった。この日は日曜日、追分教会の礼拝の直前でもあった。朝から付き添っていた弟康志から危篤の急報を受け駆けつけた時にはすでに事切れていた。実際には12時20分頃に息を止めたようだ。死因は死亡診断によると誤嚥性肺炎から心不全、そして自然死とある。弟によれば死に際に多少手足をばたつかせたくらいであったという。恵泉女学園オルガニストの関本恵美子さんは「3月3日とはさすがバッハを愛する先生ですね。三位一体で締め括られたのだなあと感慨深く思っております」とメッセージを下さった。成る程と思った。

父は5年前に10才年下の連れ合いの母睦子に先立たれて以来落ち込んで、次第に静かになって来た。 2010年11月21日の白寿のお祝いの時あたりから、周囲の状況は相当分からなくなって来ていた。2011年11月には介護度3となり介護老人施設に入居してもらっていた。11月11日誕生日の聖日101才記念賛美礼拝の時も、一体何事かといった顔をしていた。施設では模範生よろしく職員にも 人気があったようだ、終世牧師としての外面のよさは抜けきれなかったのか?毎週日曜日には礼拝出席のため連れ帰っていたが、世話をする姪の宜子さんや私たち家族には怒ったり、注文をつけて手こずらせることも毎回であった。2012年の秋には介護度5となり、今年2月より追分にある養護特別老人施設に転居したが、元気なだけにすぐに立ち上がって歩こうとしてよく転んで周囲の肝を冷やしていた。しかし2月27日夜は転んで骨折、救急で入院4日目に急逝した、誰も予測出来なかった事態だった。それにしても先に召された母が、頑固で我が侭な父を大人しくさせるために、先に急逝し、5年かけて父を恍惚の人へとかえ、大人しくしてから天国に迎えてくれたような気がしている。

今回の入院で天国は近いなとは感じていたが、こんなに早いとは思わなかったところに不覚があった。教会員や近親者を呼び、枕もとで聖書を読み、讃美歌を歌い、バッハのオルガン曲やカンタータを聞かせる間もなかったからだ。このことだけは悔やまれてしかたない。それほど予期せぬ急逝でもあった。これも聖書の言う神の時(コヘレトの言葉3:1)とはそんなものなのだと思うとなにか清々しい気分がするのである。

 

2013.3.17「コンクラーベ」

 

12億人を束ねるローマカトリック教会の頂点である新法王が選出された。法王選出のことを「コンクラーベ」という。これは鍵をかけて閉じ込めるという意味のラテン語だそうだ。あまりにも世俗化した教会内の権力争による、駆け引きや利権のやりとりによる不純な選挙を防止するための制度なのだろう。コンクラーベは選挙権を持つ世界中の枢機卿の根比べだともいえる。決まるまで選挙を繰り返して選ぶそうだ。今回は史上初のヨーロッパ以外の地域の枢機卿から選出されたことが大きいといわれる。新法王は南米アルゼンチンの首都ブエノスアイレス大司教ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿(76)才で「フランシスコ1世」と名乗るとのこと。

この新法王選出を、地方紙信濃毎日の社説がとりあげていた(15日)。世界平和への貢献を期待するものだ。そのためには教会の信頼回復だとしている。私はこの記事を読んで、世間はカトリックにせよ、プロテスタントにせよ、暗い出来事で混迷している時代とその社会に対して教会の動向に決して無関心ではないということだ。日本社会では、キリスト者の人口比はカトリック、プロテスタントとその会派すべてを含めても1%以下という少数者の群れで、しかも決して一枚岩でもないが、社会は政治、経済、環境、民族対立、宗教対立、異文化問題への姿勢が問われているということだと思う。しかし、その問いかけに応えていない教会の姿がもどかしく社説生には映っているのだと思う。

わが日本キリスト教団はどうだろうか。旧教派の寄せ集まりの合同教会という、組織体としてはずいぶん曖昧な要素を残したままのグループではあるが、神学も、教会形成の違いを持つ教会がその違いを認めあいながら、戦後しばらく経てだが、戦中の大政翼賛体質を悔い改め、その線上で社会正義を求めての歩みを構築してきた。そのような教団という世界の中で私は産まれ育ち、今生きている、教団は私の誇りある故郷でもあるのだ。しかし、現在この愛すべき故郷の姿が次々壊され始めている。教団の構築してきたものが次々と壊されて、本来の美しい故郷が失われつつあることは事実である。だからこそ社説生の言を厳粛に受け止めていきたいのだ。

 

2013.3.24「主イエスとバラバ」

 

本日より受難週(レント)入りだ。主イエスの最後の一週間は、クリスマスと違って全福音書が伝えている。ある教会ではクリスマス以上に復活節を祝っているとのことだ。私の幼少の頃の思い出がある。イースターに殉難劇をやったことだ。祝会では各グループの出し物が恒例であった。クリスマスと同様に祝っていたのだ。私たちの教会でもイースターはどちらかというと質素で、簡素な扱いであると思う。イースターをどう迎え祝うかの話はちょっとおいておこう。

4福音書とも、当時のユダヤの総督ピラトの裁判の記事が欠かせないのであるが、主の十字架の死が、教会という一宗教教団の内部的信仰の問題ではなくて、この世と切っても切れない深い関わりをもっていることが証言されていることを見逃してはならないだろう。マタイ福音書では「この人の血について、わたしには責任がない」(27:24)とピラトが語っている。しかし現在の私たちの信仰告白文中の使徒信条では「主は〜ポンテオ・ピラトの、もとに苦しみを受け〜」とある。裏切った弟子、逃げた弟子たちのこと、つまり「教会」の責任についてはなにも言及していないが、異邦人であり、圧政者の代理人であるピラトの名前は永遠にその責任を記憶に刻まれているのだ。

それが意味していることは、神の子キリストの出来事が、まぎれもなくこの世の歴史の中に生起したという証しであり、その出来事が今日にいたるまでこの世と深く関わり続けているということなのだ。ピラトの裁判は本人の意志に反した判決を言い渡していることに注目したい。彼の最も恐れていたのは、彼の被統治者たちの動向である、暴動を起こされてはかなわないから、ユダヤの指導者たちに煽動された匿名の群衆への恐れである(マタイ27章)。その結果、罪なき者が殺され、それと引き換えに、死刑を免れない凶悪犯バラバが赦されるという、おおよそこの世の秩序の逆転が起こったのだ。

その逆転は、実は私たちの姿でもあるのだ。有罪である私が赦され、無罪である主イエスを引き換えに有罪としてしまっている現実。無罪とされたこの私の中にどんな理由を見いだすことができるのだろう。自分自身がいかなる者であっても、自分の中に救われるべき「義」はひとかけらも存在しないのだ。イエスを蔑み、ののしり、つばをかけ、殺しに加担した異邦人の死刑執行人たるローマの兵士たちが、十字架上で黙々と死んでいったイエスを「本当に、この人は神の子であった」(27:54)と信仰告白している姿に、神の「義」が与えられているのである。この兵士たちは私たち姿でもある。そんな私たちには「義」を祈り求める資格さえないが、私たちになしうることは、敵対するもの(隣人)と共に「神の義」を祈り求める共同体でありたいと切に思う受難節である。

 

2013.3.31 「マタイ受難曲」

 

今回の受難週は特別のものであった。私たち教会の交わりにおいて不協和音が響いたからだ。復活日の今日も私の魂の底で響き続け魂を疼かせているからだ。不協和音といっても、誰が音を外しているのか、そうでないのかといえない微妙なものだ、どんな風な不協和音なのかも言い難い。例えば当教会で御奉仕いただいているプロのオルガン奏者の方々が時々、どうもこのオルガンのどこそこの部分の音がすこしおかしいから調節させて欲しいとおっしゃる。そういわれても私にはどうおかしいのか分からないことが多いがご本人にとっては重大事であることには間違いないのだ。教会の交わりは、なにより主イエスとの交わりであることは誰しもが心得ていることだ。主も「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」(マタイ18:20)と言っている。主不在の交わりであってはならないのだ。そうは言っても生身の人間の集まりでもあるから、ある人のちょっとした言動が周囲のある人を深く傷つけてしまうこともある。善意が悪意に取り違えられてしまうこともしばしばである。そこで我慢できる人もいれば我慢できない人もいる。どこまで我慢できるか出来ないかも人それぞれによって温度差は必ずある。そのことをよくご存知だからこそ主は、ご自分のみが私たちを和解へと導くことが出来るとおしゃっているのだろう。ほんとうに主にのみお任せするしかないのだ。

バッハのマタイ受難曲は受難節には欠かせない。だが今回は年度末、忙し過ぎて聴く余裕がなかったが、聴いていて大部分が心地悪い不協和音といったら語弊があるのだが、主を殺そうとする人々の音、主を裏切る弟子たちの音、主を死へと裁く人々の音、処刑場での人々の音で満たされているではないか。それでいて最後には私たちの魂に平安を覚えさせてくれる。何故か?主の復活の力の波動が私たちの魂に届くからである。主の弟子集団は最後の最後まで、弟子たちの間での猜疑心、対立、主への不信、失望で満たされていた。弟子集団、つまり主の教会の姿であったと思う。現在の私たちも同じなのだ。復活の朝墓で「あの方はここにはおられない」(マタイ28:6)と天使が女たちにいわれたように、わたしたちの墓場みたいなところには主はおられないのだ。主を探す場所を間違えてはいけない。復活の主に会いに私たちの「ガリラヤ」(マタイ28:10)を目指したい。