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天声JINGO アーカイブ

2009年度4月〜9月

2009.4.12「復活の主は」

「キリストは甦られました。あらゆる責め苦から。だから私たちはみな喜ぶべきなのです。キリストは私たちの慰めとなることを願っておられるのです。 キリエライス(キリエエレイソン)。キリストが甦らなかったら、世界は滅びるでしょう。キリストが甦られたから、私たちは 今主イェス・キリストを賛美します。キリエライス。ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ、キリエライス」

■これは最古のドイツ語賛美歌と言われている歌です。讃美歌21の316番に訳詩は多少違いますが掲載されています。2世紀の記録にあるそうですが、起源はもっと古いかも知れないそうです。復活祭の朝、聖書の記事に従って、3人の女性役の修道士が登場し、イェスの葬られた墓を訪れます。墓は空で、天使役の修道士が「イェスは復活された」と告げる礼典劇が、10世紀には西ヨーロッパに広がりました。そしてドイツでは、この後に「過ぎ越しの子羊を賛美しよう」という歌が聖歌隊によって歌われ、それに続いて同じ旋律で会衆がドイツ語で「キリストは復活された。いざ喜べ、キリストこそ私たちの慰め。キリエライス」と歌ってそのままテ・デウム(「われら、なんじを神とほめまつる。」に始まる、神に対する賛美と感謝を力づよく表した長い賛歌)に続くという習慣が生まれました。それは自然発生的に会衆が喜びの叫びをあげたのが起源のようだということです。これは南ドイツで始まった習慣だとわれていますが、一般人が自国語で典礼に参加することが認められた数少ない事例だそうです。ルターはこの歌が大好きで、「ほかの歌は何回も歌うと飽きるが、この歌は毎年新しく歌える」と言っているということです。ちなみにバッハはこのコラールを3回アレンジしているそうです。「四声のコラール集・第197番—BWV276」がその1つです。(バッハのコラールを歌う—名曲50選/キリスト新聞社より)

■マタイによる福音書の復活物語では、主の復活の朝墓参りに行った2人の女性たちは、天使の「主は復活なさったのだ」の告知に、「婦人たちは、恐れながらも大いに喜び」、「おはよう」と復活の主に声をかけられ、「〜近づきイェスの足を抱き、その前にひれ伏した」と報告されています。 神の子の死と復活という前代未聞の出来事に遭遇した婦人たちの恐れと喜びの鼓動が伝わってくるような場面です。10世紀のドイツの農民たちから自然発生的にこのような賛美が生まれたのは、彼らが苦しみと虚無の中で復活の主に遭遇したからに他ならないからでしょう。 聖書の復活物語が永遠に語り継がれて来たように、ドイツの農民の賛美が今にいたるまで歌い継がれてきたのは、主の復活の出来事に永遠の命が流れていることの証詞であると思います。

■この復活の喜びを、今私たち自身のことととして喜び歌いたいものです。 私たちの現実は、主の十字架の苦しみを無にするような、罪にまみれきっています。でもなお神によって赦されているというメッセージを主の復活の中に聞き、喜びと希望を与えられて、平和を造りだす信仰者の道へと更に一歩を踏み出したいものです。

2009.4.19「創造主」

 「見よ、わたしは新しい天と地を創造する。初めからことを思い起こす者はない。それはだれの心にも上ることはない。」・・(イザヤ書65章17〜25)

◆聖書の神は、創造主として旧約聖書の冒頭に登場する。創造とは「新しいものを造りはじめること。」と広辞苑にある。創世記の創造物語(1章〜2章)をよく読んでみると、新しいものが作られるその前は「地は混沌」「闇が深淵の淵の面にあり」「神の霊が水の面を動いていた」と書いてある。つまり、創造前の地の姿は光と闇の区別、つまり善と悪、義と不義、自由と不自由、差別と被差別、抑圧と被抑圧、など等の区別がない、そのような混沌(カオス)とした状態であったというのである。予言者イザヤに臨んだ神の託宣は、感動的なイザヤの祈りのかたちが取られているが、その内容はバビロニア捕囚後の回復である。しかし現状は、亡国の憂き目、捕囚の身の上であった。それは民が神に反抗した結果、神の見えざる計画により周辺諸国にその軍事力によってイスラエルが圧迫されたということを、敗戦の憂き目の中で民たちは初めて悟ったということだ。また、国家的危機に直面した民はモーセ時代を回顧したとある。

◆昨日栗原幸子さんの3男伸夫さんの結婚式に、私とは旧知の方で、先の衆議院副議長をつとめられた角田儀一さんが来ていた。今では政治活動からはすっかり隠退して弁護士業に専念されているとのこと。おはなしでは今の時代病んでいる若者の相談や問題の多さに嘆かれていた。社会の闇、混沌、深淵の淵で、迷い悩み傷ついている人々ともろに接している弁護士の嘆きなのだ。テレビでの地域報道やスポーツ報道などには明るい未来志向のニュースが一杯つまっていて希望がもてるのだが、それらの希望を木っ端微塵に砕いてしまうのが、政治に関わる人々であり、経済産業、教育、福祉等々に関わる人々や組織であったりするのだ。汚職、偽装、詐欺、違法がまかり通っている現実はテレビや新聞報道の日常になってしまっている。この国は近々滅びると思わざるを得ないのは私だけではないだろう。確かにイザヤが予言しているように、「初めからのことを思い出すものはいない。それはだれの心にも上ることはない」という不信仰の現実が確かにある。 天地創造の「混沌と闇」はまだ依然として続いているのだ。それであるが故に、「見よ、わたしは新しい天と地を創造する」という言は今日も有効なのであると思う。主の創造の業はまだ続いているのだ。 だれもが主の創造の業を忘れ、思い出そうともしないこの世の現実であるからこそ、「光あれ」という主の言は響きわたり、イザヤの時代の人々のように「創造の業」を思い起こすことが出来るのだ。

◆イザヤの時代の民はバビロニア捕囚を思い起こした。またエジプトでの奴隷の日々を思い起こした。私たちは何を思い起こせるのだろうか。敗戦の憂き目をどのように思い起こすことができるのか。今日の「混沌」はそのことととても深く関わっていると強く思う昨今である.

 

2009.4.26「平和のしるし」 イザヤ書2章4節

「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。 彼らは剣を打ち直して鋤とし 槍を打ち直して鎌とする。 国は国に向かって剣を上げず もはや戦うことを学ばない。ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう。」

■私は、日本国憲法を平和憲法として守るのは、キリスト者として当然の帰結だと信じている。だから幅広く信条や宗教的立場を超えて憲法を守る運動にも参加するのである。あなたは何故憲法を守ろうとするのかとよく問われる。そのとき決まって冒頭の聖書の言葉をあげることにしている。これは予言者イザヤの「終末の平和」の幻である。北からのアッシリアの侵入、バビロン捕囚など幅広い時代背景をもっているイザヤ書であるが、血なまぐさい戦争と為政者の腐敗無能による民の苦悩の中での予言なのである。さらにイザヤ書11章では「平和の王」の出現が予言されている。この「平和の王」は「弱い人のために正当な裁きをする」「貧しい人を公平に弁護する」王であり、狼と子羊、豹と子山羊、子牛と若獅子と人間の子供、牛と熊と獅子、乳飲み子と毒蛇、蝮の共存の姿が描かれている。それを実現してくれるのが、エッサイの株から分かれ出るひとつの芽、若枝と表現されている「王」の姿なのだ。 現在のキリスト教の理解では、この「王」こそイェス・キリストなのである。

■血なまぐさい戦争は、イェス・キリスト以後も今日に至るまで、止むどころか世界規模にまで拡大してきたし、今なおその姿はいっこうに止むことを知らないのが現実である。この時代「平和へのしるし」を人々はどれだけ求めているのだろうか。 軍縮の名のもとに、果てしない軍拡競争が繰り広げられ、富のより平等な分配の名のもとに、また福祉優遇政策の名のもとにより深刻な弱者切捨てが急速に進化している。しかもグローバルに。 

■では、予言者の予言、予言の成就としてのイェス・キリストの出来事は一体なんだったのだろうか。そうなのです、あの輝かしい救いの出来事すら、色あせて見えるのが今の時代なのではないでしょうか? しかしあの予言者の予言と、イエス・キリストの出来事は決して幻に終わっていないのです。あの予言と成就は、信仰者の内面の問題として閉じ込められてしまうものではなかったのです。世界の果てに位置し、しかも圧倒的な異教社会である、日本という国の姿を顕すものであり、基礎でもある「憲法」に堂々と謳われているではありませんか。 「9条の戦争放棄条項」はイザヤの予言そのものであることを誰が否定できましょうか。 1946年6月24日から発行され始めて今日に至っている「キリスト新聞」のタイトルの右上には「平和憲法を護れ」が、左下には「再軍備絶対反対」が掲げれ続けられています。日本の宣教を考える時、キリスト教会と日本の社会が、共に「平和のしるし」として掲げ、平和を造り出していく作業を共ににないうる、絶好の接点が「平和憲法」であるといえるでしょう。

 

2009.5.10「私の大型連休」

◆5月3日(日) 春の礼拝コンサートで、2年ぶりに湯口依子さんのオルガンと山本英助さんのトランペットの奏楽を得た。奏楽は冬からの解放と春の訪れの喜びを心から表現してくれた。特に後奏のトランペットボランタリ—は天井を突き抜けて天にまで届けとばかりの祈りが響き渡ったことである。71名の礼拝者が感動に包まれた礼拝だった。

◆5月4日(月) 今日は昨秋9月3日に亡くなった高見沢重弘兄の遺骨を故郷にある先祖のお墓への埋葬を頼まれて甲府へ出かけた。今回は「故人墓誌」版が設置され、高見沢重弘兄はその最初の記名者であった。名前の頭には十字架のマークがつけられていた。人はこの世においては土に帰る存在であるが、それは故郷、家族への回帰をも意味するのではないかと思わされた。高度に都市化したことにより故郷が希薄となり、家族がばらばらになってきた今の時代にあっては、故郷とか家族が見直されることが人間性の回復につながる重要なポイントになるのかも知れないと思わされた。

◆5月5日(火) 結婚式参列。私が以前務めていた相模翠ヶ丘幼稚園の職員だった女性の結婚式が、横浜の「港の見える丘公園」の近くに建っている聖公会のチャペルであった。本人も新郎も聖公会の信者であった。私は聖公会の結婚式は初めてなので興味津々であった。やはり想像していたように結婚式式文集があって、すべてがそこに書いてある通りに読まれ、誓約がなされるものであった。ただ式辞は短く司祭が自由に語っていた。そこまで型通りに進行してきたのに、自由でラフな司祭の語り口が不釣合いだったのがおかしかった。でも内容はモーセの出エジプトを引き合いに出し、結婚とは解放の喜びであるが、結婚生活とは荒れ野への旅立ちであり、引き返すことの出来ない旅だとその厳しさが強調されていた。それも信者同士の結婚式故のものなのだろう。わたしは披露宴で、生まれてはじめて乾杯の音頭をとらされた。二人の名前を取り入れた親父ギャグを入れて祝辞を一言、荒野への旅立ちに乾杯とやった。私のギャグに口を手でおさえ笑いをこらえて反応してくれたのは、花嫁とその同僚たちのみ。ちなみに私のギャクは彼女たちによって、「ジンゴってる」と言われてきた。

◆5月6日(水) 「そよ風コンサート」拝聴。当教会会員小谷兄姉が主宰する音楽教室の生徒と、アンサンブルS.D.Gのメンバ—数名が出演。会場もほぼ満席。幼児から老人までの全年代の者が一緒に音楽を奏でるすばらしさを感じた。また小学生によるカノン合唱はほんとうに天使の澄み切った歌声というにふさわしい響きをもっていて感動させられた。教会堂を用いることによってすこしでも生徒さんたちが、キリスト教にふれてもらえたらとの祈りが小谷兄姉の密かな願いである。冒頭で私は少し教会の成りたちについてお話させていただいた。

◆連休中、和田純子さんのコンサートや、大澤邸でのコンサートも重なり聞きにいけなかったのが残念。 また連休中は私の子供たち、孫たち、兄弟たちの家族が来ていてにぎやかだったが、7日には潮が引いて行くようにみな帰ってしまい、サイレントな日々に引き戻された。この連休には雨もよく降ってくれたおかげで、わが追分教会のエデンの園もすっぽりと新緑に覆われたことである。 

 

2009.5.17「理想の実現へと」

◆去る4月29日長野市にあるホクト文化ホールで開催された、「憲法9条を守る県民過半数署名をすすめる会」結成5周年のつどいに軽井沢9条の会のメンバー18名(内当教会から6名)と車3台を連ねて参加してきました。 メインは「九条の会」呼びかけ人の一人大江健三郎さんの講演。講演題は「親密な手紙を書くように—加藤周一さん、沖縄そして文学—」という実に難解なタイトルでしたが、お話は報道されていたように、平易でユーモアに富み、イスラエルの文学賞をめぐる政治と文化の問題、ご自分の生い立ちと深く関わった憲法・教育旧教育基本法について、「沖縄ノート」と悲惨な沖縄闘、ノーベル賞受賞と作家の生活、そして加藤周一さんへの思い等々でした。会場の外にまであふれた会衆3千人は大いに感動を与えられた。わたしはひと目大江さんの生の姿を見るだけでもと参加したのだが、特段の感激は覚えなかった。なぜなら今まで私の中にあった大江さんのイメージそのままだったからだ。それだけ大江さんが私たちの日常に伴走されていたということなのだろうと思う。

◆ただひとつ大江さんのお話の中でなるほどと思わされたことがあった。それは大江さんが「旧教育基本法」を常に持ちあるいているとおっしゃたことだ。私自身いつも憲法の前文から3章までの文面と、水平社宣言を聖書にはさんで持ち歩いているので、自分と大江さんの似ているところが分かり、ちょっと自慢できるかなと思ったことだ。「憲法前文」に謳われている平和主義は崇高な人類普遍の原理であるとされています。その崇高な理念の実現のために「旧教育基本法」は制定されています。 大江さんは教育者としても、文化人としても、崇高な理念を決して建前とせず、実現への努力をなし続けてきた方だと思う。だからその努力を否定しようとする国家権力にノ—を言い続けているのが、今なお闘い続けておられる「教科書裁判」なのだ。大江さんは決して気負っていない。それが彼自身なのだ。不断の努力というのは、それが当たり前の自分自身となっていることだと大江さんを見ていて教えられた。

◆イェスは「平和を実現する人々は幸いである、天の国はその人たちのものである」(マタイ5:9)と教えられた。 平和は理念を掲げるだけでは実現しない。実現へと具体的に努力せねば決して実現するものでないことをイェスはよく知っていたのだ。しかも不断の努力が求められているのだ。 だた、イェスは更に、実現への努力(信仰の行為、愛の行い)も、ことさらに人前でみせびらかせるような行為を戒めている。また祈りも然り。 それは人に認められるための信仰行為であって、神と人々への愛の行為とは程遠いものとして退けているのだ。信仰者は往々にして信仰者としてのアリバイづくりをするきらいがある。それが行き過ぎると他者への裁きにも走る。 私も「平和を実現」しようと不断の努力を続けている大江さんのことを評価することで、自分自身の信仰者としてのアリバイつくりをしていまいか心せねばならいと思う。 イェスがマタイ5:9でいう「平和」は、神の国の内容、キリストによる救いの内容なのだが、使用されている単語「エイレネ」はごくありふれたこの世の平和をいいあらわしている言葉でもある。 この世の日々の生活のなかに、ごく自然に(不断に)「神と人々を愛せる」(平和への努力)人になれるよう祈りたい。 

 

2009.5.31 「わたしたちのエクレシア」

◆先週東海教区の総会に新井敬二執事と共に出席した。去年は母の死去により出席できなかったので2年ぶりの総会出席だった。東海教区は静岡県、山梨県、長野県のエリアである。久しぶりに顔を合わす同労の牧師、信徒議員の方々との再会は、それだけも励まされることである。しかし東海教区は私が今まで所属してきた東中国教区、関東教区、京都教区、神奈川教区とはまったく様相が異なる教区である。一言でいうと教区の教務執行体制がかなりの強権を振るっているという点である。そのことは私たちの教会の出発点であった伝道所設立申請時、望月牧師、壬午牧師招聘時、教会設立時、教会規則変更申請時(現在)に強く感じてきたことであった。

今回の教区総会には、壬午師が代表をつとめる「東海教区・背任横領事件の真相を明らかにする会」から、「元会計の�氏を総会に招致し、背任・横領事件の説明を求める件」という議題を提出したが、予想通り見事に否決された。7千万円もの横領である、いくら教区が寛容で、罪に問わず、弁済も求めず、損金扱いにするといっても、いやそれだけに被害者である全教会の前に�氏は自ら立って説明をし、謝罪をすべきではないだろうか。たとえそこで厳しい、激しい罵声を浴びても(私たちはそんなことは誰もする積りはない)。 教区執行部は、それは教会の姿ではなく、俗世界の価値感覚だというのである。果たしてそうなのだろうか。実は「真相を明らかにする会」の問題としているのは、執行体制の独善性であり、権威主義である。下々の物は黙っておれと言われているようなのだ。そして、やれ規則、手続、決議済み、議長の再選により禊を受けたとか言い訳をして、我々の疑念とするところに一向に耳を傾けてくれないのは、世間一般における権威主義者の常套手段と同じであると思う。そこに「信仰」だとか「愛」だとか「赦し」というベールを被せるから始末に悪い。ちなみに私たちの提出した議案に賛成したものは分科会では88名中26名であった。

◆本日の午前中に当教会の教会協議会が開かれる。テーマは「わたしたちの教会とは」。このテーマの趣旨は、規則や組織のことではなく、「エクレシア」のことなのだ。ギリシャ語の原意は、「呼び出された者たちの集合」。つまり同じ神によって呼び出されて集まってきた者の群れ、共同体としての「教会」なのである。 実は日本基督教団という教会は「合同教会」という特徴をもつ。旧教派的には種々様々な顔をもつ教会の集合体である。だから教団の信仰告白は、様々な伝統をもつ教会を包み込む柔軟な抱擁力をもった傘のようなものであると思う。事実追分教会のメンバーは多種多様な歴史と伝統をもった教会で育った方々が集められている。 それと同じように、追分教会も多種多様な教会の1つとして育ちつつあるエクレシアのひとつの小さな枝であることを自覚したい。軽井沢追分教会の特性が教団という組織に飲み込まれたらいけないのである。 各個教会の独自性を大切にし生かしバックアップするのが、教団といった組織の使命だと思う。それと同じように、各個教会は、そこに集められたひとり一人の信仰生活のバックアップにつとめるものでありたい。 

 

2009.6.7「私たちの教会とは」−教会協議会よりー

◆先週日曜日の午前中に、教会協議会が久しぶりに開かれた。久しぶりといっても私が赴任してから8年目に入っているが、教会総会を除いて、この間一度も行っていないが、それ以前には一度くらいあったという記憶が古い教会員の中にあった。今回の協議会は協議会といってもテーマは「私たちの教会とは」で、私から追分教会の特質についての現状認識を語らしていただいたことと、今懸案である納骨堂(納骨室)設置検討委員会の作業経過の報告をさせていただいたに留まった。

◆追分教会の特質の第一は、稲垣守臣引退牧師の個人的な集会とオルガン好きから始まっている点である。その過程で次第に教会となっていく道筋が整ってきたのである。最初から教会設立を計画的に目指していたのではない、人間の考えを越えた主なる神の計画が置かれていたとしかいいようがない。そこに教会誕生の神秘性を認めざるを得ないのである。その後に軽井沢教会の集会所としての形が出来、やがて一人立ちした伝道所となっていくのである。

◆第二の点は、日本基督教団の教会として成長してきた点である。日本基督教団は合同教会である。合同教会というのは、各個教会の主体性を最も大切にしていることを意味している。その具体的な要素が教師の招聘制である。各個教会の主体性によって牧師を招くのであって、教団組織によって派遣されたり任命されたりするものではない。もちろん教団・教区が各個教会の牧師を斡旋することはできるが、それにしてもあくまでも各個教会が主体的に選び招聘することにかわりはない。

◆教会の設立は、牧師だけでなく、信者個人の家で地域の人々を集めての集会から始まることも多い。その場合、集会を主宰する牧師なり信者が育てられてきた教会の信仰、歴史、伝統などが色濃く影響することは当然のことであろう。追分教会の創始者ともいえる稲垣守臣老牧師は、同志社神学部で学び、同志社大学創設者新島譲の影響、つまり旧組合教会(会衆派教会)の伝統を色濃く受けているし、後に初代主任牧師となった故望月賢一郎牧師も、2代目牧師である私も老牧師によって聖ヶ丘教会で導かれ同志社神学部で学んだので、自然と追分教会は会衆派の自由な、万人祭司の考え方が充満することになった。ところで合同教会としての教団は、会衆派の各個主義の招聘制と自主独立の各個主義という点で、旧教派である組合教会の特質をもっているといえると思う。だから教団の信仰告白と教憲教規は、様々な旧教派的伝統をもつ教会を幅広く包みこむ傘のようなもので、決して各個教会を狭い意味で拘束するものではないと私は受け止めている。

◆第三の当教会の特質は、いうまでもなく音楽伝道であり、軽井沢という特殊なリゾート地という地域に立ち、教会員も県外では千葉、東京、神奈川、埼玉、群馬などとかなりの広範囲に及び、演奏者も教団以外のカトリック、聖公会、ホーリネス、バプテスト、ルーテルなどの方々に御奉仕いただき、礼拝出席者も教会員以外の方が圧倒的に多いという型破りの教会として成長してきた。だからこれからの日本の教会は、今までのように金太郎あめのような教会ではなく、今までになかったような鮮明な個性を発揮できるような各個教会であればいいなと、この教会に仕えてみて感じさせられているとことである。既にそのような新しい教会が出現しはじめている。その良し悪しは主なる神が歴史の中で判定してくれることおだろうから、我々は思いっきり自分自身であり続けたい。

 

2009.6.21「コ−リング」

■5月16日(土)速水優さんが呼吸不全のためお亡くなりになったことをテレビニュースで知った。彼はわが追分教会の常連であった。日銀総裁時代から夏の礼拝コンサートには毎年来られていた。愛妻きみさんとお忍び姿でそっと来て、そっと帰られていた。日銀総裁を辞めてからは、夏だけでなく秋にもちょくちょくお見えになった。最後に来られたのは何時だったと調べてみた。08年7月27日(日)通常礼拝、8月10日(日)と17日(日)の礼拝コンサートに出席されていた。それ以後お見えになっていないことに改めて気付かされた。 訃報に接しすぐ妻きみさんにお悔やみのお手紙を書いた。きみさんからの返事をもらった。 優兄は去年の11月より心筋梗塞の疑いありで、杏林大学病院に入院したが、年が明けて意識障害などで弱っていたそうだ。最後にきみさんの自筆で追分教会で礼拝を守ることを大変楽しみにしていた、また感謝していたとありました。 先週石田敏子姉が、毎日新聞に掲載されていた速水さんの記事の切抜きを持ってこられた。そこには信仰者としての兄の一面が紹介されていたので、その部分のみそのまま紹介させてもらう。

 「橋本龍太郎首相から就任要請があった時、東京・阿佐ヶ谷教会の大宮博牧師に相談し、神に祈った。速水氏は、日銀総裁職こそ、マックス・ウエーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』にある『コーリング‹神のおぼしめし›』と考え、受諾の返事をしたのだった。総裁室の隣室を祈りの間とし、壁に掲げた『怖れるな、わたしはあなたと共にいる』という聖書の言葉を反すうしながら仕事をしたキリスト者だった。」と元日銀副総裁・藤原作弥さんが書いていた。

■一説によると、兄は相当の頑固ものであったということだ。ゼロ金利導入の時、私はほんのわずかだが、自分の預金にまったく利息がつかないじゃないか、なんという非情な政策なんだと腹だたしかったこと思い起こすが、かれの決断した政策はどれも未知のものであったそうだ。それを押し通したのは彼のその頑固さによったのだろうが、それが総裁の任期を終えた後に功を奏したとも評価されている。私は金融については全く分からないが、彼は72歳で総裁に就任し、5年間の任期でそれだけのことをした影には、相当のストレスを抱え、藤原さんがはたで見ていても痛々しかったとも書いてあった。多分そのストレスがたたったのだろうと思う。頑固者はよく周囲にストレスは与えるが自分自身はちっともストレスは抱えず、随分と長生きをしてなお周囲に迷惑をかける人がいるが(だれだ!)、速水さんの場合単なる頑固一徹ではなかった。 そこに「神からコ−リング」を聴いた彼の信仰があった。神のコ−リングは、主の十字架を負うという側面があるからこそ応えにくいことなのだ。 それを乗り越えるには「怖れるな わたしはあなたと共にいる」(創世記8:25)という神の約束を信じるしかない。彼は信じぬいた。彼の偉業は華々しい脚光はあびていないが、いぶし銀のような神の栄光が速水さんに輝いたことは事実だ。わたしたち教会が、そのような速水さんとの交わりを与えられたことに深く感謝をささげたい。

 

2009.6.28「マイケル・ジャクソンの死と」

◆私はほとんどロックとかポップスといった音楽には馴染みがないが、マイケルがビートルズを上回る黒人の人気歌手であることくらいは知っていた。彼の死により、彼の生涯が大々的に報道されて初めて私は彼のことを詳しく知った。しかし彼のここ10余年は様々なゴシップ続きで終わってしまったことを、ある評論家は「子どものころからスターだった彼は特殊な環境で育ったことで、心のよりどころを探していたのだろう」と言っている。マイケルというス−パ−・スタ−の行き着いた先は、自分を見失い孤独な絶望的な終末だったということか。

◆一方アメリカの黒人解放運動で暗殺されたキング牧師の後継者でもある、黒人下院議員ジョン・ルイス(72歳)の記事が信濃毎日新聞「地球人間模様23」で紹介されていた。記事は、黒人初のオバマ大統領誕生が、黒人解放運動の歴史に刻まれた大きなステップであることが全体として語られいる。 その左証が、あの有名な白人至上主義組織KKK会員だったエルウィン・ウイルソン(72歳)が、オバマ大統領就任後、ルイスと和解をしたことだという。1961年の公民権運動の最中、彼はルイスに意識不明になるまでの暴行を加えたからだ。ルイスは「オバマ大統領就任で、ウイルソンは謝罪という偉大な行為を成し遂げた。オバマが人びとを和解させた」とし即座に彼を赦している。とはいえアメリカにおける黒人差別はまだまだ厳しい状況にあることにちがいはない。アメリカの黒人奴隷と差別の歴史は400年前から始まっている。1863年のリンカーンの「奴隷解放宣言」から、146年後の今に至るまで黒人という弱者の人間解放への闘いは終わりを知らないのである。 しかし、キング牧師が「私には夢がある」に明らかにしたように、インドのマハトマ・ガンジーの非暴力・不服従運動こそが圧倒的な強者だった「白人」に抵抗できる唯一のすべであったとし、「非暴力」をもって更なる「夢」を抱いている。そして具体的な夢が語られていた。その夢とは「原爆謝罪」であった。「オバマはヒロシマ、ナガサキに行き、日本人に『ソーリー』というべきだ。それは夢と希望のメッセージになる。オバマに強く薦めたい。今度は原爆謝罪と日米和解の闘いを始めたいね。」といっている。なんとアメリカの黒人解放運度の次なる目標は日本とアメリカの和解(太平洋戦争の清算)なのだ。

◆世界中の人気を集め華々しく活動したスーパー・スター(巨人)の末路は一体世界に対して何を残したのだろうか。世界が受け継ぐ「夢」があるのだろうか。 それに対して400年間差別と闘い続けて者たちの中に脈々と受け継がれてきた「弱さ=非暴力」という血筋が、荒なる「夢」に向かってこれからも受け継がれていく姿にこそ、十字架という非暴力、貧しさと弱さを最上の価値とする主イェス・キリストの福音の命が脈々と流れているように思える。

 

2009.7.5天声JINGO「マイケルの死とインフルエンザ」

◆作家でハンセン病回復者である伊波敏男さんが、「新型インフルエンザ騒動」と題して6月29日(月)の信濃毎日新聞で書いていた。4月下旬、メキシコとアメリカでの「豚」インフルエンザ感染のニュースから始まった騒動は、日本においても相当なフィーバーぶりであった。記事では、当初感染の疑いのある者を無期限に隔離したことについてある専門家が述べた「対策が後手後手になって大きな被害を出すより、やり過ぎの方がいいのかもしれない」というコメントが取り上げられ、それに対して伊波さんは、彼らの目には感染症の「ウイルス」は映っていても、病んだ人間のこころの痛みを、少しも感じ取っているとは思えないと言っていた。私はこの文に目が留まった。このインフルエンザ騒動の影で、感染を疑われ、無期限の隔離をされた人々が少なからず居たことは、あれだけマスコミが微に入り細に入り報道したのだから私でも覚えている。伊波さんはその国の施策と、それに乗ったマスコミによって、国民意識がみごとに誘導された今回の事態は、かつて国の医療施策によって引き起こされたハンセン病への間違った意識を民衆に植え付けたのと同じ質を持っているとされている。

◆確かにわたしたちの周囲でも、今回のインフルエンザの流行に対して過敏であったことを思う。ある教会の礼拝で、隣の人が咳き込むと、「あなたはマスクもせずによく礼拝に出られるな」とかなんとかそんなことを言って非難した人がいたそうな。咳き込んだ人はインフルエンザでもなんでもなかったが、そう言われて即座に帰ってしまったそうだ。その類のことは日常茶飯事にあったにちがいない。ましてや感染が確認された人たちはどんな目で見られ、どんな言い方をされ、どんな扱いを受けたことか。伊波さんは言う。「『多くの国民の健康を守るために』という大義名分は、わずかの圧力を加えるだけで、発症した少数者を近隣から排除することに、少しの疑問も持たない多数者を作りだすことができる。また、『冷静な良心』というモノサシを置き忘れ、『恐怖の亡霊』におびえるあやまちを、二度と繰り返してはならない。」と。

◆私は先週の[天声JINGO]でマイケル・ジャクソンの死に関連して、かれの最後を「自分を見失い孤独な絶望的な終末だったということか」と書いた。以後も彼についての様々な論評を目にした。確かに私の言ったことは間違いではないかも知れないが、よくよく考えてみると、彼について、なにより彼の音楽について私は全く何も知っていないのだから、ちょと軽々しく扱ったかなと思うようになったのである。それはある音楽プロデューサーの「マイケルはアメリカ音楽史上初めて、黒人がヒット・チャートを支配する時代を築いた象徴でもあった。人種の壁をやぶった偉大なる『白い肌』。オバマ大統領の登場も、マイケルらの歩みなくしてありえない。」という論評に接したからだ。これは大変なことになった、もっと彼と彼の音楽のことを知らねばと思わされたのだ。 

◆「知らない」こと「分からない」ことは人を無用な恐れに落とし込む差別の温床になってしまうのだ。私もマイケルのことに関してもインフルエンザについても「差別者」であったと思い恥じ入った次第である。

 

2009.7.19「癒しの時代」

◆「癒し」という事柄は、今という時代ほど多岐にわたって求めている時代はないかと思うほど「癒し」という言葉が氾濫している。「癒す」という動詞は・病気や傷をなおす・飢えや心の悩みなどを解消する、とのみ広辞苑には簡単に記している。もともと「癒す」ということは癒すべき対象とその要因がかなりはっきりしていたのではないだろうか。しかし現在私たちの社会における「癒し」の概念は複雑怪奇であり、なんでもかんでも「癒し」がくっついているのである。ちなみにインターネットで「癒し」を検索してみた。すると癒しフェア、癒しグッズ、癒し系、癒しの家、癒しの森、癒し画像、癒し堂、癒しの里、癒しの環境研究会、癒し音楽とそのジャンルがあり、それぞれの検索が可能だ。最初の「癒しフェア」を検索するとなんとウエブ全体(コンピュウター上で)5,140,000件もあり、エステ、スパ、ヒーリング、絵本、ヨガ、ダンス、マッサージ、サプリメントなどなど、検索しだしたら切りがない。「癒しグッズ」はやはりエウブ全体では2,440,000件もあることが如実にそのことを物語っている。このことはいかに現代人が心身共に病んでいるということだろう。

◆しかし「癒し」は古今東西、大昔から今日に至るまで人々の大きな関心事であったことにちがいはない。 旧約聖書では予言者エリシャがシリアの軍司令官ナアマンが負っていた重度の皮膚病を癒した話が有名である。極め付きはイェスの癒しであろう。彼の癒しは実に多岐に渡っているからだ。今日の医学でいえば、内科、外科、神経外科、精神科、耳鼻咽喉科、小児科、皮膚科、緊急救命治療科、それに生命蘇生科(死者の復活)。イェスの「癒し」はまさに総合病院的癒しであったと思う。

◆イエスの弟子たちが宣教に派遣されるときに、悪霊を追い出し、病人の癒しの権限を彼から与えられている(マルコ16:14以下)。 そうなのだ「癒し」はもともと主の教会の宣教には切り離せない事項なのだ。パウロも癒しの奇蹟はしばしば行ったいる(使徒言行録14章、19章)。だが同じ「癒し」でも今日一般に求められている「癒し」とどうちがうのだろうか。

◆一般的な「癒し」の業は部分的なものであり一時的なものであるのが特徴ではないだろうか。しかも商業主義に頼る面が強い。つまり金で求める「癒し」であり、商品化されたものである。おのずと限界のある表層的な「癒し」ということが出来る。それに対して、イェスにおける「癒し」は癒されるものや、その周囲の者の信仰(人間性の根源)が問われる「癒し」ということができると思う。イェスの「癒し」の究極は、癒されざる者の「癒し」を十字架の購いによって無条件に「癒す」。つまり罪という人間性の根源に巣くう病からの解放を意味し、死ぬべきからだが、新しい永遠の命を宿すからだへと「癒す」。イェスの弟子達も、後のパウロも、そのような「癒し」の権威を託されたのだ。 商業主義に毒された、まがいものの「癒し」が横行する時代だからこそ、ほんものの「癒し」を与えられた者として、主の群れ、主の共同体である私たちはその効能を的確に宣伝しがいのある時代であるといえるのではないだろうか。

 

2009.7.26「かすかな希望の光を」

◆衆議院解散が21日決まった。麻生さんが総理に就任した時、当然解散のための総理就任だと思っていたが、ここまで任期満了に等しいかたちでの解散までねばってこられたのは一重に最高権力者の強みだろう。解散を先送りにすることを許してきた大きな理由は、常に「経済対策」であった。100年に一度の大恐慌みたいなことを言って危機感を煽り、最高権力の座に居続けた。これを許した国民も「経済」には弱かったことが露呈した。特別給付金や高速道路の値引きはどう考えても不合理な経済対策で、一時のあめ玉にしか過ぎないことはだれもが承知しているにもかかわらず、施行されてしまったし、受ける側も批判はしながらも受けてしまっている。私もどうしたものかと悩みつつも受けた。もちろん、ある身近なNPO団体に寄付したが。ここに「経済=金」に弱い人間の姿が浮き彫りにされているのである。経済問題は確かに大切な問題であるが、そこに人間の幸福を目指すしっかりとした理念が伴わなければ、どんな経済対策も決して社会を良くしていくことにはつながらないだろう。衆議院選挙で自民党公明連立政権が失権して民主党とその他の革新諸党の連立政権が樹立されたとしても、理念なき経済至上主義の域を出ないかぎり、どのような政策をたてても今までと50歩100歩であると思う。俳優の菅原文太さんが「日本は山の頂点を目指して経済成長をなしとげて山の頂上に達した。しかしいまだにその上、雲の上を目ざそうとしている。しかし今は山を降りてアスファルトをはがし、そこをもう一度畑にしていくような生き方から出直す時なのではないか」という趣旨のことを信濃毎日新聞の「山ろく清談」で言っているが、まさにそのとおりだと思う。

◆イェス・キリストは小さいことを大切にして、いつも人間共同体の中心にしなさいと教えられた。現在世界を覆っているあらゆる分野でのグローバル化はイェス・キリストの教えとは正反対である。多くの犠牲者を出したテロを肯定するものではないが世界貿易センターの破壊は現代のバベルの塔の崩壊を意味していると思う。事実その後大企業の倒産の危機が始まり、国が大金を支援したり、生き残るために大企業と大企業が合併してさらに大きくなることを目指してきている。経済成長路線の流れに乗っている限り肥大化は免れないことだし、その行き着く先は経済メタボによる破滅であることは誰の眼にも明らかなことである。

◆アメリカのオバマ大統領の支持率がアメリカ国内では落ちてきている、その理由は一向に回復しない経済対策だと報じられていた。やはり経済問題は一番なのだ。しかし世界各国のオバマ・アメリカへの評価は上向きとの報道があった。前政権の軍事力と金の力で世界の救世主面をしないからだろう。たとえ少しでも「小さい存在」への目線を備えるなら、それがかすかであったとしても、人はそこに救いの希望の光を見るからだろう。

◆それにしても、衆議院選挙で誰を選ぶか難しい。なぜなら経済の縮小を唱えるものは誰一人いないからだ。せめて憲法九条を守ると公約する人くらいだろうか。安保破棄を唱える人もいない。しかし「希望の光」をかすかにでも見せてくれる候補者はどこかにいないものだろうか。

 

2009.9.6平和を実現する人々は」

◆今年の夏はいろいろ変わったことがあったと思う。気候的には夏らしい日が少なかったたこと。政治の世界では歴史的な政権交代の季節であったが、そんな中当教会の5回にわたる「礼拝コンサート」としての聖日礼拝は近年になく大勢の方々が参列されたことが挙げられる。また近年になく多くの方々の当教会施設利用があったことも特筆すべきことだろう。当教会のコンセプトである「エデンの園」としての機能が確かに働いていると感じて感謝であった。

◆礼拝コンサートでの奏楽者の方々の誠意ある奏楽は、礼拝の質を確かに高めてくれたと思う。そこには参列した方々を引きつけてやまない醍醐味があったとも思う。「聖霊の導き」が豊かに働いたということか。8月16日の湊晶子先生の宣教は、短時間しか設定できず残念だったが、ご自分の戦争体験も交えて、当教会の月間テーマ「平和を実現する人々は幸いである」にそって的確なメッセージをいただけた。他の礼拝はすべて私が話したが、今夏はとくに宗教改革時のコラールを題材に、賛美の原動力について示しをあたえられた。ちなみに8月2日の宣教では、ルターの作詞なる讃美歌21-50番「みことばもて主よ」は、こども讃美歌としてつくられたもので、その原詩の第一節には「教皇とトルコ人の殺戮を阻止して下さい」という言葉がダイレクトに入っているということで、ルターの素直な福音理解を伺い知ると同時に、子供たちへの具体的な平和教育を目指していたことが分かるものであった。また30日は、ドイツでコラールの女王といわれてきた讃美歌21-276「暁の空の美しい星よ」は、コラールの王様といわれている21-230「起きよと呼ぶ声がする」と共に、牧師フィリップ・ニコライの作詞・作曲。ガチガチのルター派主義者の彼が、ウンナという町がペストの惨禍に見舞われたときに、来る日も来る日も葬式や、死に瀕している患者の中で、神学論争や教派主義が彼の中から自然に消えて、ただ神の憐れみを祈り、天国で待つ花婿なるキリストとの合一の喜びに目を注ぐほかになかったところから産まれた讃美歌だったことを学んだ。現譜の6節では「どんなに私の心は喜んでいることか、私の宝なるお方はアルファにしてオメガ、最初にして最後。そのお方は、み名の賛美のために、私をパラダイスに受け入れてくださるでしょう。だから私は手を打って喜びます。アーメン、アーメン、おいで下さい」と歌っている。

いずれの賛美も、敵の侵略に対する戦争の只中や、ペストという大流行の惨禍の只中から涌き出たものであることが知れたことだった。 

◆8月は日本中が「平和」月間で、いろいろなイベントや報道がマスコミをにぎわす月だ。だが先の戦争と敗戦という前代未聞の壮絶な経験の只中で、私たちの教会はどんな賛美をしたのだろうか、そこから涌き出た賛美があったのかどうか鋭く問われた今年の夏の礼拝コンサートでもあった。

 

2009.9.13「うたがい迷いの闇夜の中で」

◆賛美歌21-411は、讃美歌(1954年版)385番でも親しまれてきた讃美歌です。人気の源は歌詞の力強さにあります。それは信仰のあり方がすべて凝縮され、しかも平易に歌っているからだと思います。 混乱したとき、疲れ果てた時いつのまにか「うたがい迷いの」と口をついて歌うことが出来る魅力をもった讃美歌といえましょう。作詞者のベルンハルト・インゲマン(1789〜1862)は文学者でデンマーク語学、文学が専門でしたが、歴史小説や児童文学の作家としても、アンデルセンに次ぐ名声の持ち主だったそうです。讃美歌21では「一致・革新・連帯」というジャンルに納められています。

◆8月30日の衆議院総選挙により、万年与党であった自民党が大敗して下野しました。大勝したとはいえ民主党は連立政権を組まざるを得なく、民主当、社民党、国民新党の連立が9日に合意されたとの報道がありました。「連立政権」は、先の自民党と公明党もそうでした。どうやらこの国では、これからも「連立」というかたちが定着していくのではないかと予感します。わたしは、この傾向は喜ばしいことであると思います。とはいえ今回の「連立政権」がどれだけの「一致・革新・連体」をなしえるかは未知数です。多くが期待しつつも「うたがい迷いの闇夜」にあることには間違いなく、もしかしたらにっちもさっちもいかなくなり政権崩壊も早いかもしれません。それにもかかわらず、私は3党による「連立政権」は好ましいことであると思います。

◆その理由は、キリスト教信仰における「一致・革新・連帯」の本質に向うことが出きると思っているからです。なぜなら信仰における一致は「互いの違いを認めあう」ことから始まるからです。初代教会であるコリント教会にはアポロ派、パウロ派、ケファ(ペトロ)派、キリスト派という派閥があり、教会分裂の危機にあったようです。パウロは手紙の中で「キリストは幾つにも分けられてしまったのですか」と、教会内の不一致を嘆いています。パウロのいう「不一致」は、キリストを無にすること以外のなにものでもでありませんでした。

◆「互いの違いを認めあう」ということは、たとえ相手が自分とはまったく考え方も生き方も違っていたとしても、相手を切り捨てないで共生を前提とするということだと思います。政治の世界での連立はどこかで大きく妥協せねばならないでしょう。妥協はあまり感心した方法ではありませんが、しかし駆け引きであったり、やむなくであったにせよ、互いの違いを認め合い、どこかで受け入れあうという作業を余儀なくせざるを得という経験の積み重ねが貴重なのです。そして徐々に真の「一致・革命・連帯」へと導かれていくのではないかと思うからです。計画経済か自由経済かという二者択一の時代はすでに終わっていると思います。互いの良いところを導入し、互いの良くないとろを克服するよう努力し、全体としてよりよき社会を築いくためには「互いの違いを認めあう」こと以外にないでしょう。パウロのいう「一致の勧め」は、よりよき社会づくりへの原動力となることでしょう。

 

 2009.9.27「生きていて心地よい社会」

8月の5回、9月1回の音楽礼拝の週報には「天声JINGO」の掲載が適わなかったので、言いたいこと、書きたいことが仰山あったが、いざ書き出そうとするとどれにしようかなとずいぶん迷ってしまった。瞑想すること数日、やはり人の命に関わることだろうが、戦争と平和、殺傷事件、大きな事故や災害事件等々話題には事欠かないが、自殺率が世界でもトップクラスであるという報道が確か一ケ月程前に新聞かテレビで言っていたことを思い出した。

■「生きていて心地の良い社会」の実現をめざして自殺をなくすための働きをしているNPO法人がある。それは「自殺対策支援センターライフ」という名称の団体である。この団体のホームページを開くと日本の自殺の実態がほぼ分かる。それによると(1998年〜2005年の統計)日本の自殺率は先進8カ国の中でもロシアに次いで2位。24.1%、つまり人口10万中24.1人の自殺率。年齢層は中高年が中心で、自殺率は実にアメリカの2倍、イギリスの3倍だそうだ。自殺の理由は、健康問題が40%、経済・生活問題31%、家庭問題10%、男女問題3%、学校問題1%ということだ。総じていうなら「生きていて心地の悪い社会」が原因となっている。過労、多重債務、いじめや介護疲れ、差別や社会への不信感、等々社会的問題に追い詰められた末の死であると結論づけている。

■「ああ、やっぱり」とため息が出た。人そのものを尊重しない社会の実態がみごとに浮彫りにされているからだ。自殺は決して個人的、特殊な事態ではなく、社会的必然であることが分かった。だから同センターでは「自殺は予防することが出来る」と言い切っている。

■それにしても人権尊重どころか、全く無視している社会の現実がいやおうなしに毎日目に飛び込んで来る。今日(26日)の新聞の一面を飾った二つの事件もそうだ。朝日新聞の見出しのトップは「補助金、議員の電話後復活。」全国精神障害者社会福祉施設協会への国の補助金問題で、国会議員と協会の元事務局次官との癒着による公金横領事件である。障害者を食い物にした社会の実態の一断面である。もうひとつの一面記事は「JR西脱線事故調委員、報告案漏らす−前社長が修正依頼」である。05年のJR福知山線の尼崎脱線事故に対する国交省の事故調査委員会が作成した報告書の内容が事前にJR側に提示され、JR側からの要請により一部修正がなされていたというものである。最初の国交省の報告そのままだと、事故再発防止に莫大な経費を要し、それは他の鉄道会社にとっても死活の問題だからというのである。ここには見事に官民が一体となって人の命を無視し、経済を最優先させている姿が浮き彫りにされている。実にぞっとする日本の社会の実態である。

■そんな行き詰った社会にうごめいているからこそかも知れないが、鳩山新政権下における、核廃絶問題、普天間基地移転問題、脱ダム政策、温暖化対策問題等々への一連の発言にはついつい期待を抱いてしまうのであるが、しかし実態はまだなにも変わっていない。依然として弱者切捨て、小なることを侮蔑し、グローバル化と称して大量リストラをする強者の論理、巨大化を目指す社会には変わりない。十字架のキリストを見上げる者は、小さくなること、弱くなること、貧しくなること、そして敵を愛することを厭わない社会を目指したい。そこに「生きていて心地よい社会」への道筋があるように思うのである。

 

2009.10.4「終末的に生きるとは」

◆「終末」と言う言葉は広辞苑では単に おわり, はて とあります。また「終末論」は世界や人間の終末を論ずるキリスト教神学の一部。死・審判・天国・地獄などを論ずる。終末思想は、すでにユダヤ教に見出せるが、特に初期キリスト教では世の終わり、キリスト再来の信仰が強かった。と説明されています。

 聖書における「終末」はどうでしょうか。聖書辞典で「終末」は、「万物の終わりが迫っています」(�ペテ4:7)、「最後まで耐え忍ぶ者は救われる」(マコ13:13)などと言われている場合、キリストの到来によって、この世界にメシアの時代が来たことを示している。パウロは�コリ10:11で、「時の終わりに直面しているわたしたち」と言って、現実の時と来るべき時について述べており、キリスト者はこの両方の時の間(中間時)に住むことを明らかにしている。つまり、メシアの時代はすでにキリストにおいて始まっており、われわれは今それが完成する終末の時を待ち望んでいるのである。終末についてはマタイ13章にも詳しく述べられている。イェスが弟子達に最後に出会われ、「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(マタ28:20)と言われた。終末とは、世の終わりという時間的な意味を持つとともに、成就、完成の意味をも内包する概念である。と定義づけられています。 

◆以上のことから、私たちが「終末的に生きる」というのは、世の終わりには主の審判のもとで永遠の滅びか、それとも永遠の救いかに振り分けられるから、今生きている間に善行を積んでおこうというものとはちょっと違うと思います。確かにマタイ13:36〜43で述べられているイェスの終末の描写(毒麦のたとえの説明)で、不法を行う者の恐ろしい審判の模様が語られ、正しいものは天に受け入れられて光輝くといっています。しかし、だからといって、罪を犯し不法をなす者は今のうちに不法を改めて善行を積めとはすすめていないのです。イェス・キリストが終末の時としてこの世に来られたのは、不法をはたらくものすべての罪を肩代わりするためであったことを忘れてはなりません。毒麦のように最後の審判で焼き滅ばされる者が一人もないように、ご自身が人間すべての者の終末の死を身に負われたのが、あの十字架の出来事であったはずです。 

◆アメリカではオバマ大統領になって、核廃絶に向って積極的な発言をしています。でも米国は依然として世界の70パーセント以上核保有国と言われています。アフガンやイラクには依然として派兵して戦争をしています。はたして自らがどれだけ核を廃棄し平和を実現させようとしているのか疑問視もされています。日本では鳩山政権になってクリーンな政治をといいながら、みずからのクリーンさはどうなのか疑問視されています。どのみち権力者は欺瞞から逃れることはできないと、あきらめてしまうのではあまりにも寂しいじゃないですか。 

◆私たちが自らの欺瞞を捨てきることが出来ないからこそ、キリストは来てくださったのだから、せめてこのキリストを受け入れて、自らの欺瞞(罪、不正)から解放される時を待ち望むしか出来ないことを知るならば、お互いの欠点や矛盾をつつきあってばかりいるのではなくて、核廃絶や、軍備撤廃、CO2削減、パレスチナ和平というほんとうに難しい現実であっても、すべての人間を愛し大切にする方向に顔を向き続けること、そこに「終末的」な生き方があるように思えるのですが。 

 

2009.10.18 「納骨堂設置準備に思う」 

◆当教会では納骨堂設置へ向けての作業が年度当初から始まり、設計図案ができ、予算などの概要も算出され、次週礼拝後の教会協議会でその大綱が協議されることになっている。日本人にとって「墓」は古来重大事とされてきた。先祖崇拝はあたりまえの文化だ。自然宗教といわれているアミニズム・呪術崇拝・自然崇拝・多神教などの伝統が強いからである。私も過去41年間の牧会生活において信者とその家族の「葬り」について様々なことを学ばせていただいた。特にキリスト教会が「墓地」や「納骨堂」をもついことの意味について考えささられたことを思いつくままに列挙させていただく。

1.神の家族としての帰属意識の確認

自分の家の宗教は他宗教で、たとえば檀家となっている場合など分骨してまで教会の納骨堂に入ることを競って求める傾向が強い。社会的立場の弱い女性や、因習の強い地域のクリスチャン・ホームなどだ。 

2.もともと家の墓などない家族や(小作人や使用人の末裔たちに多い)、あっても核家族化で一緒に入るメリットを感じない家族や個人の求め。また経済的理由。

3.異邦人にとっての安息の地。日本に帰化した人々の一番の不安は、自分たちがこの地で死んだ時どうなるかが帰化するかどうかの判断材料ともなる。 

以上のように教会に「墓地・納骨堂」が求められる要因をまとめ列挙してみたが、これらのクリスチャンの中には、キリスト教信者といえども、どうやらアニミズム的信仰が奥深く潜んでいるのではないかと思われるケースもしばしばあることは事実である。

◆近年都市化と核家族化が急速に進んできた時代になって、一般的にも各個の家庭や個人のお墓が求められるようになったことは論をまたない。また墓所の確保や経費の面も無視できない。そんな社会的背景のもと、キリスト教会でも納骨堂をもつ教会が急増している。しかしキリスト教信仰はアニミズムではない。確かにキリスト教会は「十字架」を掲げている。それは「死者」を神として拝んでいるように見えるだろう。しかしキリスト教においては「死者」を崇拝するのでも、慰霊するのでもなく、「記念」なのである。そこのことをはっきりとわきまえる必要があると思う。だからといって日本的風土の中で、あからさまに「記念」だけを強調することは、キリストさんは「死者」を粗末にするとそしられる。そのような社会的印象を悪くすることは避けたいものだ。

◆いづれにしても、教会での納骨堂設置へのプロセスは、教会の「死者の葬り」への信仰的弁明(証し)をしっかりともつことだと思う。