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<牧師プロフィール> 稲垣壬午(いながき・じんご) |
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2010.7.4「求め、すすめる会」 「求め、すすめる会」第3回全国総会に出席しました(先週週報INFORMATION欄参照)。「求め、すすめる」の「求め」は、日本における米軍基地に出て行ってもらうことを求め、それを実行することであります。 沖縄の現状は、日本本土とアメリカに隷属を強いられていることでありますから、沖縄の教会にとりましても、この現状を無視しての宣教はあり得ないのであります。まさにバビロン捕囚からの解放の希望を語った予言者的働きであると思います。この沖縄教区の宣教の姿勢こそ本土の教会に理解してもらいたいことであり、沖縄県民の被征服者としての歴史的呻きでもあるのです。この呻きに呼応し続けようとしている本土の教会、教区や個人の集いが「求め、すすめる会」なのです。今回の全国総会では、岩国、神奈川、奥羽、新潟、徳之島など教会や教区の基地問題と取り組んでいる教会、教区、個人の働きが報告されました。 今回たまたま分区サンデーと重なった故に私は初めて出席がかないました。50名余の参加者のうち半数くらいは旧知の人々で、ほとんど数年ぶりの再会でした。基地問題だけでなく、野宿者支援、核燃料処理問題、被災者生活支援・長田センターなどの活動をしている教会や個人も多く集っていました。 このような社会的ステージで直接民衆の苦悩、悲劇に出会い、共存することを目指す教会の生の姿は、「罪人」とされていた、病人、心身障害者、職的被差別者、無産者、奴隷など社会の周辺部を渡り歩いたイエス・キリストを彷彿とさせられましたし、沖縄教区の宣教への視座は、実は本土のわたしたちの教会の視座でもあるということを強く思わされました。
2010.7.25「アメージング・グレイス」 聖書において「恵み」とは、神が人間とのあいだに築かれた人格的関係を示す表現であります。旧約聖書のヘブル語には「ヘーン、ヘセド」の2語があり、どちらも恵み、慈しみと訳されています。どのような恵みであり慈しみなのかというと、「人の罪と、過ちを赦す」(出エジプト記34:6〜7)ことであります。また、神はイスラエルを愛し、ご自分の民として選ばれました。その選びはこの「恵み」に基づくものであります。神の人の罪への赦しは、神自らが罪人との和解に臨まれることによって実現します(イザヤ書30:18、48:9、ミカ書7:18、19)。 新約聖書のギリシャ語で恵みは「カリス」で、イエス・キリストの十字架によって、旧約のヘーン、ヘセドの徹底化がなされています。イエス・キリストの十字架の死と復活は、イエス・キリストご自身の集大成ですから、ここにおいての神の「恵み」はイエス・キリストご自身であり、「福音」そのものであるのです。 人は創り主なる神の前ではすべて罪人であります。創り主と被造者との関係を無視したり、否定したり、忘れたりするからです。そこでは人間自らが自分を見失った状態におかれ、さまざまな苦悩や不幸に苛まれるのです。イエス・キリストの十字架の死は、人間の神否定の極みを象徴しています。 神の恵みの先行は、主イェスの「見失った羊」「放蕩息子」(ルカ福音書15章)のたとえ話に明らかです。この神のアメージンググレイス(驚くべき恵み)に私たちはどう応えらよいのでしょうか。 |
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天声JINGO アーカイヴ |
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